No.5145 (2022年12月03日発行) P.63
鈴木隆雄 (Emergency Medical Center(イラク・アルビール)シニア・メディカル・アドバイザー)
登録日: 2022-11-11
最終更新日: 2022-11-11
世界情勢の変化から政府は防衛力強化に舵を切った。頭によぎったのは、今も夜間運用なしのドクターヘリ。救急をしていた頃ドクターヘリ構想が始まった。北海道以外、急峻な山ばかりの日本。計器飛行のインフラなしでは夜間は飛べない。同時に海岸沿いに走る道路は曲がりくねり救急搬送に時間を要し、日本こそドクターヘリが必要な国でもある。
ドクターヘリ導入が現実となり、丁度病院の建て替え時期と重なり、当初は屋上ヘリポートを考えたが、建設費は強度のために1階高い建物と同じコストとなる。また、夜間は近隣への騒音で使えず、結局ヘリポートは病院屋上ではなく、近くの河川敷とした。
その後、ドクターヘリは日本全国に普及したが、ほとんどが病院屋上にヘリポートを持つ。今後ドクターヘリが夜間使用可能となれば、近隣は騒音を許容するだろうか。日本でドクターヘリを必要としているのは、病院が密集する大都市より地方の過疎地域である。そのような地域では、河川敷から病院までの陸送時間など問題とならない。かつ日本は至る所に河川敷がある。
ある朝、いつものように病院へ出勤し手術室に入ると、知らない人が休憩室に座っていた。聞くと昨晩、脳死からの臓器提供者がありその臓器を受け取り、今帰りの飛行機を待っているとのこと。こちらの地方空港より隣県に主要空港があり、そこまでヘリで飛び、そこから帰るのが早いと思ったが、事はそう簡単ではないそうだ。提供臓器が腎臓だったからいいが、心臓だったらどうするのか。
1985年に日航機が群馬県の御巣鷹山に墜落して以降、民用ヘリ等が計器飛行できるインフラ整備はどれほど進んだのだろう。戦争では地形分析が重要である。旧ソ連がアフガニスタンから撤退したのも、地形分析を無視したためだ。アフガニスタン北部は山岳地帯で、そこを陸軍が通過するには上空からヘリの護衛が必要だが、そのヘリが山中からのミサイル攻撃で撃墜され続け、陸路も使用困難となった。
平時でも地形分析は政策立案に重要。ドクターヘリの患者搬送は多くが医療施設間の連携で、発着場所は各市町村の中心付近1箇所で十分。この発想で計器飛行のインフラを築けば、商用ヘリも利用でき新しい人・物流ルートとして経済発展に繋がる。
同じことは海でも言える。海外旅行で港を訪れた人は、どこの港もヨットが数多く係留されているのを見たであろう。それに対し日本は周囲を海に囲まれ、かつ海は深くすべての海洋レジャーが楽しめるのに、港にヨットの群れは見当たらない。金持ちのクルーザーではなく、先進国なら庶民が普通に持てるヨットですぞ。
民用ヘリは小型飛行機と同じで、軍用をつくらなくても生き残れる産業分野。日本の特異な地形環境は、民用ヘリやヨットを輸出産業に育てられる環境であった。普段の政策立案で地形分析を訓練せずして、有事のみそれを戦略立案に応用する。それで戦に勝てるだろうか。
鈴木隆雄(Emergency Medical Center(イラク・アルビール)シニア・メディカル・アドバイザー)[夜間運航]