医療に白黒はない。すべてが灰色の世界である。たしかに、患者さんが亡くなれば黒かも知れない、何もなかったかのように過ぎれば白かも知れない。しかし、それは結果であって、過程ではない。医療の過程は多彩かつ複雑であり、その道程に白黒はない。
私たちはいつだって暗中模索である。“正しく進むべき道“は、ない。
ガイドラインは診療の道標とされる。道標を全く信ずることなく、自らの経験と麓の古老の伝え聞きのみに頼り山に入ることはあまりに危険である。しかし、医療という霧の山道で出会う道標は、どれもが頼りなさげだ。斜めに傾いでいる道標のみに過度に期待することもまた好ましくない。強い推奨など、またその根拠が強固であることなど、そうそうあるものではない。「日本版敗血症診療ガイドライン2020」における推奨のほとんどが、“弱い推奨”“低い確実性のエビデンス”である(最高グレードは2A、3件のみ)。しかしこのことに驚いたり、失望したりする必要はない。これが現実であるからだ。現時点であり得る知見を精緻な情報収集と評価法でまとめ上げた成果であることは間違いないが、作り得たものはどれも、細い板の切れ端で立てた脆い道標なのだ。
このように考えると、臨床医がベッドサイドでガイドラインを利用するに際には、慎重さが求められる。ましてや、白黒をつけること(のみ)が目的の法曹界に、ガイドラインはそぐわない。そのことは、日本版敗血症診療ガイドラインの前文にも明記してある。繰り返すが、医療の過程に白黒はないのだ。
遠い未来に、しっかりした石標が作れるときが来るかも知れない。来ないかも知れない。我々(ガイドライン作成者)にできることは、それぞれの時点で可能な限りそれらしいと共通認識を持てる評価手法に基づき、できうる限りの道標をつくることだ。そして道標を利用する旅人は、自らの判断基準をしっかり考えた上で、道標をうまく使用することだ。
医療の過程は常に灰色の霧の中にある。
志馬伸朗(広島大学大学院医系科学研究科救急集中治療医学教授)[敗血症の最新トピックス㊴][診療ガイドライン]