戦場での死因の多くは爆傷、銃創等による失血死であり、これを防ぐためには輸血に使用する血液製剤の確保と円滑な運用が重要であるため、輸血戦略が戦傷医療の中核的な役割を果たす。日本では、防衛力の中核である自衛隊員が、島嶼部で発生する有事に巻き込まれる可能性を考慮した輸血の体制整備が必要だと考えられるようになった。
2023年10月、「防衛省・自衛隊の戦傷医療における輸血に関する有識者検討会」が発足し、外傷医療に不可欠な医療体制についての検討がなされた。私は生命倫理の立場からこの議論に参加することになり、2024年2月、提言書がまとめられた。詳しくは本文をご覧頂きたいが、本稿では議論の過程で気づいた倫理的な課題を述べる。
本検討会では、自衛隊員が、島嶼部で発生する有事に巻き込まれて負傷した場合を想定し、諸外国の軍が備える輸血製剤や混乱の中でも実現可能な輸血方法について議論した。本来の輸血療法は、血液型が同型の者に対して、様々な検査を施した上で医療機関において行う。しかし、島嶼部の有事ではまったく環境が異なる。照明や電源など設備に制限がある中で、多くの隊員が同時に大量出血をして運び込まれる可能性を考えなければならない。そのため、放射線照射装置や白血球除去フィルターを活用した隊員間輸血、低力価O型の全血輸血を選択肢とした異型輸血などが提言された。できるだけ事前の準備をした上で、いざというときにはシンプルな手順で1人でも多くの命を救うことを考えてはどうかという趣旨である。
あらためて戦傷医療の倫理原則を見直してみよう。2015年、世界医師会は「武力紛争やその他の緊急事態におけるヘルスケアの倫理原則」(筆者仮訳)を示している。有事でも平時でも、倫理原則は同一であるべきとされ、医療従事者には、①拷問等への立ち会いや加担の拒否、②敵と味方の患者を区別せず、臨床上のニーズと利用可能な資源に基づいた救命、③臨時に付与された特権の濫用禁止─等が求められている。
一方、今回の提言が想定するような武力紛争地域において、医療従事者はケア提供者としての義務と軍人としての義務の二重忠誠や、きわめて限られた医療資源の配分とトリアージに苦しみ、その解決に資する議論は成熟していないという指摘もある1)。
諸外国の救命の優先順位をみると、どの程度「兵士を戦場に復帰させる」ことを重視するかは軍によって異なるが、自衛隊と連携した対応を取る機会が多い米軍では、この点がかなり重視されている。しかし、先制攻撃をせず、戦闘への積極的な復帰を想定していない自衛隊が戦闘に巻き込まれた場合、米軍とは異なるトリアージの考え方を明確化し、それを堅持しなければならない。
戦場でのトリアージについて、幸いにも、これまでの日本では検討する必要がなかった。しかし、すべての検討が無駄になることを願いながらも、頭の体操を始めておきたい。〈3月14日〉
【文献】
1)三上由美子, 他:防医大誌. 2019:44(1);8-17.
武藤香織(東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授)[輸血戦略][世界医師会][トリアージ]