医者の中で、生活保護というシステムに否定的な見解を取る人は案外多い。嘆かわしいことだ。
もちろん、生活保護というシステムを利用して頻繁に救急車を呼んだりする、一種のフリーライダーはいる。そういう人の胸ポケットにたばこが入っていたりするとムカッとする気持ちもわからなくはない。受給者の医療費が無料というのも問題で、せめてワンコインでも徴収すべきだとはぼくも思っている。
が、それはそれ。これはこれだ。
医者で生活保護に否定的な理由の1つには、社会の成功者たる自分を顧みて、「社会で努力もせずに落伍している人間」が許せない、あるいは軽蔑するという感情があるのではないか。しかし、仮にその医者が努力家だったとしても、多くは塾に行けたりする親の財力という下駄を履かせてもらっていたりするわけで、「自分だけの努力」でのし上がった人はむしろ少数派だろう。生まれ持った能力の高低もある。そういうハンディキャップを無視して他者を軽蔑するのはフェアとはいえない。そもそも人間を優劣だけで判定する態度が、ぼくは気に入らない。
医療費の無駄遣い論もあるが、これも短見だ。ぼくはニューヨークのアッパーウエストにある病院で3年間研修医をやっていたが、貧困と治安の悪化がもたらす救急外来の混雑は半端ない。銃で撃たれたとか、コカインで「ラリった」とか、レイプと暴力にあったとか。世界でも稀有な治安のよい国、日本ではこうした事例は諸外国よりもずっと少ない。健全なセーフティネットはその治安のよさに寄与していると僕は思う。その治安のよさは、医療現場の安寧にも通じるのだ。
生活保護の捕捉率は2割程度しかない。不正受給者は1%未満である。受給者がアンフェアなのではない。むしろ「水際作戦」などと称して生活保護へのアクセスをブロックしうる自治体のほうがアコギなのだ。
最近は、「生活保護を受けたら人生負け」と誤解して「闇バイト」に走る人達もいる。治安のよさとメシの旨さが売りの日本だが、2024年になって犯罪は増加傾向だ。
こういう人たちに生活保護というツールをプッシュ型で提供し犯罪防止に活用すべきだ。
「無敵の人」が家のガラス窓を割って襲撃してくるような環境にいたいと誰が思うだろうか。生活保護というシステムで恩恵を受けているのは受給者だけではない。安全な社会の恩恵を受けているのはすべての住民だ。情けは人のためならず、なのである。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[生活保護][治安][犯罪防止]