「禁忌であった血栓溶解剤を投与したことにより患者が死亡した事案において、担当医師の死亡診断書の記載、担当医師が異状死の届出をしなかったこと、病院管理者が医療法上の医療事故として報告をしなかったことにつき、遺族の権利利益を違法に侵害したとは認められない」との民事裁判判決1)が目に入った。
「異状死体」とあるべきところを「異状死」と記載されてはいるが、妥当な判決であろう。争点は、1. 死亡診断書の記載及び異状死(体)の届出をしなかったこと、2. 医療事故調査制度の『医療事故』の報告をしなかったことは違法か否か、である。紙面の関係上、争点1.の医師法第21条部分を紹介したい。
医師法第21条は、特別刑法規定であり、取締法規である。民事訴訟である損害賠償請求訴訟にはおよそ馴染まない。この訴訟の医師法第21条違反部分の賠償請求額は少額であることを考えれば、医師法第21条違反の訴えは損害賠償以外の意図があったのであろう。
原告は、①創部や体表に血液が付着していることをもって外表異状とし、②被告医師は医師法第21条の届出対象であると認識していたとしている。また、③2019年2月8日づけ厚生労働省医政局医事課長通知を根拠として挙げている。④被告病院のスタッフと名乗る者からの匿名の情報提供があったことも見逃せない。
外表異状の概念は、死体を検案(死体の外表を検査)して異状を認めたものである。①外科手術患者で創部からの出血や体表の血液付着は、合併症の兆候ではあっても異状ではない。そもそも死体の検案という概念に当たらないであろう。②被告医師の認識部分は、被告医師の発言を根拠としており、医療者が医師法第21条を理解することと遺族への正確な説明が必要なことを物語っている。③2019年2月8日づけ医事課長通知は、誤解を与える内容であったが、我々と厚生労働省とで誤解の解消に努めた。さらに、厚生労働省が2019年4月24日医政局医事課長事務連絡、『平成31年度版 死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル追補』を出したことにより既に解決した2)。④内部告発は深刻な問題であるが、カルテの追記を改竄と誤解されないように、病院内部での情報共有が重要であろう。
重要な点は、被告医師らが、説明を拒んだり、あえて誤った説明をするなど隠ぺいの意図がなかったことであろう。大阪地裁は、医師法第21条の届出をしなかったことが遺族の権利利益を違法に侵害したとは認められないとしている。因みに、本判決は注意義務違反で損害賠償を命じている。
【文献】
1)令和4年4月15日大阪地裁判決、令和2年(ワ)2302.
2)小田原良治:死体検案と届出義務 医師法第21条問題のすべて. 幻冬舎, 2020.
小田原良治(日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長、医療法人尚愛会理事長)[医師法第21条][異状死体]