情けない話だが、3.11が近づくと不安になる。初期微動に特有の低周波震動や緊急地震速報の携帯アラーム音も苦手だ。あの日の記憶、波打つ地面、回る電線が蘇り、胸が締めつけられるのだ。そんな臆病な私にとって、2025年の正月はとても不安であった。幸い、大地震も航空機事故も発生しなかったが、水を差すようなニュースが飛び込んできた。日本の近隣である某国の軍機密文書の存在である。そこには、某国が日本・韓国に侵攻する際の攻撃対象160箇所が示され、日本国内の原子力施設も攻撃対象に含まれているという1)。
現在までのところ、福島第一原発事故(以下、福島原発事故)後に新たな原子力災害は発生していない。福島第一原子力発電所(1F)で廃炉作業中に作業員が受ける放射線による人体への影響は、国際基準に基づき厳格に管理されている。だが、近年は、以前より廃炉工程・国際情勢のいずれも放射線リスクが高まっているように現場では感じている。原子力災害医療体制の縮小・収束にはほど遠い状況である。
ひるがえって歴史を紐解けば、原子力災害は一定間隔で発生しており、過去の災害時に抽出された諸課題(初期情報の不確実性、緊急避難時の健康リスク上昇、メンタルヘルスの課題など)が、未解決のまま次に持ち越されているという特徴を持つ2)。
本稿では、1F廃炉現場に近接する医療機関14年目の現実を、主に医療の面から報告する。
1F構内の外部・内部被ばく線量は、国際的な管理基準に基づき厳格に制御されている3)。一方、健康影響が生じない(と考えられる)レベルの身体汚染は年間100件前後発生している。その大半は下着や靴下、作業服への汚染付着であり、1F社内手順による脱衣・簡易除染を行い、管理対象区域を退出している。また、体内放射性物質取り込み事象も記録レベル以下の事象は一定間隔で発生している(表1)4)~8)。管理の基準値は防護のための警告値、いわばポリシーとしての値であるため、基準値を超える汚染が発生したからといって作業員に健康影響が生じるわけではない。一定確率で健康影響出現リスクが科学的に証明されているサイエンスの値とは、本質的に異なる9)。
上記のうち医師が関与するのは「被ばく・汚染」+「治療を要する傷病」事案、あるいは「生体影響をきたす(可能性が否定できない)被ばく・汚染」事案で、その発生は非常に稀である。2023年10月25日に発生した1F作業員の汚染事故においては、上記が否定できず福島県立医科大学病院で診察が行われた。幸い、現在まで作業員への健康影響は認められていない。2023年12月11日に発生した事案は、14年間の1F廃炉作業で初めてのα核種体内取り込みという点で特記すべきである。被ばく線量が低値で治療対象とはならなかったが、初期線量評価を待つ間、現場は緊張した。