近年発表された人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)の発見により再生医療は新たなステージへ進んだと言える。それは,患者自身のiPS細胞から臓器を作り出せる可能性がみえてきたからである。
これまで再生医療において多能性幹細胞というと胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)であり,このES細胞には「受精卵の利用」と「拒絶反応」という2つの問題があった。しかし,体細胞にわずか4つの遺伝子を導入することにより作製されたiPS細胞1)2)はES細胞と同等な多分化能と増殖能を持ち,患者自身から樹立可能な多能性幹細胞であるため,これまでES細胞の抱えていたこれら2つの問題を解決しうる状況となった。
現在の再生医療の多くがiPS細胞から目的とする細胞を誘導し,移植して治療する細胞治療であり,iPS細胞から移植可能な臓器そのものを作製する試みはほとんど行われていない。しかし,患者自身のiPS細胞から臓器が作り出せれば圧倒的なドナー不足に悩まされる現在の移植医療に対して根本的な解決策となりうる。同時に,臓器は自身の細胞から作製されるために移植後も免疫抑制剤の必要のない理想的な再生医療となる。さらにこうした臓器作製過程を解析することは,臓器発生のメカニズムを知る上でも非常に意義がある。本稿では,胚盤胞補完法を利用したiPS細胞由来の臓器作製を紹介する。また目的臓器以外へのヒト細胞の分化を防ぐ方法「targeted organ generation」についても紹介する。
【文献】
1) Takahashi K, et al:Cell. 2006;126(4):663-76.
2) Takahashi K, et al:Cell. 2007;131(5):861-72.
iPS細胞から機能的な細胞を誘導することが多く試みられているが,臓器そのものを作ろうという研究は少ない。それは,腎臓や膵臓のような立体的な臓器を試験管の中で作り出すのはきわめて難しいためである。iPS細胞からin vitroで臓器を作製するには様々な機能の異なる細胞を分化誘導し,臓器発生過程における複雑な細胞間相互作用を再現する必要がある。しかも,それを3次元構造として時間を追って秩序立てて配置することが必要であることから,実際には4次元的な構造と言える。そこで筆者らは視点を変えて,こうした過程すべてを試験管内で再現するよりも,個体の発生過程をそのまま臓器作製の環境として利用できないかと考えた。
多能性幹細胞であるES細胞やiPS細胞は,増殖性や多能性といった2つの特徴のほかにキメラ形成能という他の細胞にはない,もう1つの大きな特徴を持っている。たとえば,齧歯類において多能性幹細胞を胚盤胞(受精後の初期胚)に注入すると,その後の胚発生過程に同調・寄与し,全身に多能性幹細胞由来の細胞を持ったキメラ個体が生まれてくることが知られている。そこで,このキメラ形成能という特徴を利用し,個体発生過程において多能性幹細胞由来の臓器が作れないかと考えた。しかし,単にキメラを作製したのでは目的の臓器もキメラ状態となってしまう。そこで筆者らは,胚盤胞補完法という手法を利用して個体の中での臓器作製を試みた。胚盤胞補完法はChenらによって1993年に報告された。彼らはリンパ球を完全に欠損するRag2 KOマウス由来の胚盤胞を用いて実験を行った。その胚盤胞に野生型の正常なES細胞を注入するとリンパ球は完全にES細胞由来の細胞になったキメラマウスが生まれてくることを明らかにし,“胚盤法の持つ欠損を補う”という現象からこの方法を胚盤胞補完法と名付けた1)。この報告ではリンパ球を完全に欠損するマウスを用いてES細胞からリンパ球を作り出すことに成功したわけだが,筆者らはこの胚盤胞補完法の原理を応用し,遺伝子改変により臓器が欠損している動物内に多能性幹細胞由来の臓器を作り出せないかと考えた。
Pdx1という遺伝子をノックアウトしたマウスは,膵臓を欠損することが知られていて,膵臓発生過程において“ニッチ”があると仮定した。このマウスは生まれてすぐに膵不全で死亡するが,このマウスの胚盤胞に,別の正常なマウスのiPS細胞を注入してから仮親の子宮に移植すると,このマウスの胚細胞とiPS細胞がそれぞれ協調して発育し,両者の細胞がいろいろな組織/臓器で交じり合ったキメラマウスができる。つまり,このマウスはホストであるPdx1ノックアウトマウス由来とiPS細胞由来の両方の細胞からなるキメラになるわけである。しかし,膵臓においてはPdx1ノックアウトマウス由来の細胞は膵臓の前駆細胞から始まって膵臓をつくる過程の細胞がすべて欠損している(ニッチがある)ため,キメラにはならずにiPS細胞由来の細胞がこのニッチを補完することができるはずである。つまりPdx1ノックアウトマウスにも膵臓が作られ,膵臓に関してはすべてiPS細胞由来の細胞によって構成された膵臓になるのではないかと考えた。
そこで,Pdx1ノックアウトマウスの胚盤胞にgreen fluorescent protein(GFP)でマーキングしたiPS細胞を入れ仮親子宮に戻し発生させるという実験を試みた。すると予想通り,本来ないはずの膵臓がこのPdx1ノックアウトマウスにできていて,蛍光を当て観察すると非常に均質にGFP陽性であった。これらのことから,この膵臓を構成する細胞のほとんどがiPS細胞由来であることが示された2)。この膵臓の組織を見てみると,明らかに膵臓全体がGFP陽性であった。一方,コントロールのマウスではホスト由来の細胞とiPS由来の細胞が混在した膵臓であった。つまり,この方法によって期待通り,iPS細胞由来の膵臓を作製できるということが示された。さらにこの方法を腎臓欠損する,Sall1ノックアウトマウス3)で行うとSall1ノックアウトマウスの体内には本来あるはずのない腎臓が作成され,この方法が決して膵臓だけではなく,腎臓や胸腺など様々な臓器の再生に使えることが証明された4)5)。
これら胚盤胞補完法を用いた臓器作製は同種間での成果であり,これをヒト臓器の作成にそのまま応用することはできない。この原理でヒトの臓器を作製しようとする場合は,ヒトと臓器の形や大きさが似ている点から,ブタなどを利用し異種の動物体内にヒト臓器を作製する必要がある。しかし,これまでそのような異種間でのキメラ形成や胚盤胞補完法についてはほとんど報告がなかったため,筆者らは異種間でのキメラ形成や胚盤胞補完法が可能であるかマウスとラットを用いて実験を行った。実験には,膵臓欠損マウスとラットiPS細胞を用いた。また,マウスとラットは似たように見えるが,同じ齧歯類に属しているにもかかわらず,ラットはマウスの10倍も大きく,染色体数も異なっており,動物分類学上は異種である。
実験方法は,膵臓を欠損するPdx1 KOマウスの胚盤胞を用意し,そこへラットのiPS細胞を移植した。次にその胚盤胞を仮親へ移植し発生させ,その結果マウスとラットの異種間キメラがラットのiPS細胞由来の膵臓を持って生まれてくるかどうかを検証した。具体的には,まずラットのES細胞6)ならびにiPS細胞7)を作成した。次に膵臓欠損マウスであるPdx1 KOマウスの胚盤胞にラットのiPS細胞を注入し,その胚盤胞を仮親へ移植し発生させた。結果は,Pdx1 KOマウスの体内に膵臓が認められ,これは一様にEGFP蛍光を示すことからラットiPS細胞由来の膵臓が作製され,異種間において胚盤胞補完法が成立することが明らかとなった。組織学的にみても,膵臓のインスリン,グルカゴン,ソマトスタチンを産生する内分泌組織の細胞や,外分泌組織のマーカーを発現する細胞はすべてラットのiPS細胞由来であった。また,膵臓が補完されたマウス・ラットの異種間キメラは順調に発育し,正常な耐糖能を示した。このことから,このキメラ体内でラットiPS細胞由来の膵臓が正常に機能していることが示された。このように異種間においても“ニッチ”(臓器欠損)が存在すれば,胚盤胞補完法によりiPS細胞由来の臓器を作り出すことができることを証明することができた2)。
【文献】
1) Chen J, et al:Proc Natl Acad Sci USA. 1993; 90(10):4528-32.
2) Kobayashi T, et al:Cell. 2010;142(5),787–99.
3) Nishinakamura R, et al:Development. 2001; 128(16):3105-15.
4) Usui,J. et al:Am J Pathol. 2012;180(6):2417–26.
5) Isotani A, et al:Genes Cells. 2011;16(4):397-405.
6) Hirabayashi M, et al:Mol Reprod Dev. 2010; 77(2):94.
7) Hamanaka S, et al:PLoS One. 2011;6(7): e22008. [Epub 2011 Jul 15]
残り2,921文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する