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【識者の眼】「『悲嘆』について、最近の精神医学ではどのように考えられているのか」堀 有伸

No.5060 (2021年04月17日発行) P.64

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2021-04-02

最終更新日: 2021-04-02

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この数年、様々な災害・感染症の流行などの脅威を意識しないで生活することは困難になりました。最近のミャンマーの情勢などについて耳にすると、政治的な紛争の恐ろしい被害についても思わざるをえません。これらの状況に巻き込まれた人の中には、大事な人との別離を経験した人も少なくありませんでした。

「喪失体験」や「悲嘆」と呼ばれる出来事は、人間が生きていくなかで最も強くその心に影響を受ける出来事です。悲嘆を経験する人がいくつかの心の段階を経てその受容にいたるとするキューブラー・ロスの主張が広く知られていますが、これには実証的な裏付けが乏しいという批判もあります。

「悲嘆」は、その当事者の機能を大幅に損ないうるものですが、精神医学がそれに活発な関心を寄せてきたとは言えません。伝統的な精神医学では、ある心の状態について、それが「病気の過程」によるものなのか、「環境への反応」によるものなのかを区別することが大変重要だと考えられてきました。精神科医が対応するべきなのは基本的には「病気の過程」に対してであって、これには職業人としての責任感を持って対応しなければなりません。それに対して、「環境への反応」をどのように扱うのかについては、当事者の価値観に基づく自律性が尊重されるべきであり、「求められれば応じる」「積極的な介入は控える」という姿勢の臨床家が多かったのがこれまでの状況です。「病気の過程」には薬物療法が有効なことも多いのですが、「環境への反応」にはそれが制限されるという事情も関係しています。

「悲嘆」は「PTSD」のように、「環境への反応」として理解されます。そのために精神医学からの関心は低調でした。しかし、「遷延性悲嘆症」と呼ばれるその反応が重篤で長期にわたるようなケースが存在します。日本でも調査が行われ、重要な別離を10年以内に経験した一般人では、2.4%がそう判断されたという報告もあります。「遷延性悲嘆症」への心理療法的介入の研究も進められており、昨今の社会情勢と合わせて考えると、この分野は今後さらに重要になってくると考えています。

【参考文献】

▶Fujisawa D, et al:J Affect Disord. 2010;127(1-3):352-8.

▶Nakajima S:Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2018;373(1754):20170273.

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[喪失体験]

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