No.5063 (2021年05月08日発行) P.92
岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)
登録日: 2021-04-26
最終更新日: 2021-04-26
アドバンス・ディレクティブ(事前指示)をぜひ、今、得ていただきたい。この場を借りてお願いします。
新型コロナ感染が患者を激増させ、神戸市ではコロナ病床が満床となり、入院できない患者がたくさん発生している。病気になっても医療サービスを享受できない状況を「医療崩壊」と呼ぶのであれば、神戸の医療は崩壊している。
集中治療室(ICU)は満床なのでなかなか入院できない。軽症・中等症対応の病棟でも入院は困難だ。重症化してもICUに移せないからだ。誰が入院でき、誰が入院できないか。このような命の選抜的営為が果たして正しいことなのかどうかは分からないが、現状では需要と供給の巨大なミスマッチが起きており、選抜は不可避である。
外来であれ、在宅であれ、あるいは施設療養患者であれ、事前にアドバンス・ディレクティブが得られていることが望ましい。今のように、急にコロナで逼迫する状況が容易に予測される事態においてはとても重要なことだ。だから、ぜひ皆さんの患者さんも、そして皆さん自身もアドバンス・ディレクティブの確認をしていただきたい次第である。
苦い思い出がある。日本に帰ってきたばかりの頃、急変した患者のDNR(do not resuscitate)確認ができておらず、僕はエアウェイを入れ、バギングで酸素を入れながら、オロオロしているご家族からむしり取るようにDNRにするかフルコードにするか「今、ここで決めてください」と決断させたことがある。ずっとアメリカで診療していたので、当然コード確認くらいはできているだろう、と高をくくっていたのが間違いだった。あのような残酷な決断を家族に強いるのは二度とすまい、と心に誓った。外来患者を対象にアドバンス・ディレクティブの話をしたが、皆、とても協力的で嫌な顔をする患者はいなかった。これをシンプルな論文にまとめた(https://ci.nii.ac.jp/naid/40016387169)。まだACP(アドバンス・ケア・プランニング)とか、なんとか会議とかが話題にものぼらなかった時の話だ。
集中治療は嫌だ、という意志を事前に表明していただければ、その患者さんがコロナに感染しても他の方を優先して入院させる、という選択ができる。それが必要なほど現場は切羽詰まっている。一見残酷な話に聞こえるだろうが、急変した時にそれを確認するほうがはるかに残酷だ。重ねてお願いしたい。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[新型コロナウイルス感染症]