No.5069 (2021年06月19日発行) P.68
南谷かおり (りんくう総合医療センター国際診療科部長)
登録日: 2021-06-08
最終更新日: 2021-06-08
悪阻がひどくて病院を訪れた妊娠7週の20代シリア人女性。夫婦ともアラビア語しか話せず日本語が解る知人が付き添って来院したが、飲まず食わずの脱水状態で即入院となった。イスラム教徒のため豚、ゼラチン、アルコールは不可だったが醤油、味噌、酢は大丈夫ということで、配慮した食事を提供した。アラビア語は遠隔通訳で1分500円のため、入院中は自動翻訳機や患者の知人の助けを借りて患者との会話を試みた。当院では外国人患者にトレーニングを受けた医療通訳者の利用を推奨しているが、今回は医療通訳者ではない患者の知人に頼らざるを得なかった。以前、大学病院にカタール人患者が入院した時にわざわざ業者が名古屋から呼んだアラビア語通訳者が「静脈」を訳せなかったこともあり、対面よりもさらに難易度の高い電話通訳を使うのはためらわれた。
悪阻は一時的でその後は順調に経過し、予定通りに女性は男児を出産した。宗教上、子供が生まれるとすぐに父親が耳元で囁く儀式があるが、今回はコロナ禍で出産に立ち会えないため必要ならテレビ電話を使うということで納得してもらった。他にも男児なので割礼して欲しいという申し出があったが、当院では行っていないため医療保険で行っている京都の某産婦人科を紹介したところ、父親は少し遠くても男児を連れて行くと言っていた。
さらなる課題はワクチン接種だった。最初に打つヒブ、B型肝炎、小児用肺炎球菌、ロタウイルスのうち前2種は豚成分が含まれておらず、後2種は豚成分由来だがハラール認証済みで問題ないかと思われたが、母親は豚由来は絶対不可だと言い感染症のリスクを説明しても意見を変えなかった。
最近、インドネシア政府が輸入した某会社のコロナワクチンは製造過程で豚成分が使用されていることが解り問題になった。最終的には宗教団体も命優先だと接種を許可したが、それでも納得しない国民は大勢いた。このようにイスラム教の戒律は複雑なため、決めつけずにまずは患者とよく話し合うべきである。
南谷かおり(りんくう総合医療センター国際診療科部長)[外国人診療]