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【識者の眼】「『値上げする』という社会的責任」藤田哲朗

藤田哲朗 (医療法人社団藤聖会理事、富山西総合病院事務長)

登録日: 2025-06-23

最終更新日: 2025-06-18

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医療機関の経営に携わる皆様であれば、日々のコスト管理には頭を悩ませておられることでしょう。以前(No.5268)、当院の給食部門を委託から直営化したエピソードをご紹介しましたが、給食施設を運営している医療機関は、近年の食材の値上げや人件費の上昇に悲鳴を上げていたのではないでしょうか。そんな中で、2024年6月、2025年4月と、入院時食事療養費の引き上げが続きました。これでようやく食材費や人件費を給食の売上でなんとか賄えそうだぞ、と安堵のため息をついた方も多かったはずです。

そう思った矢先、今度は記録的な米価の高騰が起きています。米の価格は2024年度から5kg当たり1000〜2000円程度上昇しており、1食当たりに換算すると、15〜30円程度です。これは、直近の食事療養費の引き上げ額である20円をまるまる飲み込んでしまう水準です。本稿を執筆している2025年6月10日時点では、一般消費者向けの米について「随意契約による備蓄米の放出によって鎮静化が図られるのではないか」という期待の声が上がっています。しかし、当院のようなBtoB取引では、今のところ価格低下という目に見える変化は起きていません。もし、このままの価格水準が続くとなると、給食の直営化の次は「米作り」の直営化が必要になるのでないか、という不安がよぎります。早期に米価が落ちつき、農業にまで進出しなくてもよくなることを願っています。

そんな折、富山県富山市で広く親しまれていた弁当屋さんが、経営破綻したというニュースが富山県の経済界を駆け巡りました。仕出し弁当のほか、社員食堂の運営や幼稚園、高齢者施設への食事提供もしていたことから、影響は決して小さくなかったようです。1食当たり400円台後半という安価な価格設定で好評だったのですが、破綻の背景には、価格設定に限界があったのではないかと考えます。

確かに、消費者にとってはありがたい価格帯ではありますが、経営目線でみると「価格転嫁ができていなかった」ことの証左とも考えられます。コスト増を飲み込み、価格を据え置く。それは一見、素晴らしいことのように思えますが、事業構造が変わらないままでは確実に企業の体力を奪い、事業そのものの存続を危うくしていきます。

特に、医療や介護のような公益性が高い事業は、事業を安定的に継続させることこそ、最も重要な社会的責任ではないかと考えます。質の高い医療やケアを提供し続けるためには、土台となる企業体の経営が健全でなければなりません。そのためには、原材料費や人件費の上昇といった現実を、価格へ適切に転嫁していくことが避けて通れません。医療も介護も、大部分が公定価格に縛られているため、自由に価格転嫁できるわけではありません。だからこそ、価格転嫁できる部分には適正額を転嫁し、健全な運営に努めていくことが、企業としての社会的責任になるのではないでしょうか。

藤田哲朗(医療法人社団藤聖会理事、富山西総合病院事務長)[病院経営][コスト管理

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