株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「守秘義務とプライバシー」岡本悦司

No.5075 (2021年07月31日発行) P.65

岡本悦司 (福知山公立大学地域経営学部医療福祉経営学科教授)

登録日: 2021-07-01

最終更新日: 2021-07-01

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ベテラン医師対象の研修会で、医療関連法の講義を担当した。法律の講義はとかく無味乾燥になりがちなので、具体的な事例をひいて解説している。中でも表題のテーマは、事例の痛ましさと、それに続発した守秘義務違反事件の特異性から受講者の関心を呼んだ。

少年が自宅に放火し、継母と異母妹らを焼死させた。少年は医学部進学で有名なエリート高校の生徒で、病院勤務中で不在だったため難を免れた父親と焼死した継母も共に医師だった境遇もあって、耳目を集めた。少年は精神科医Sの面談を受け「発達障害」という診断が下される。この診断を根拠に少年は刑事訴追を免れたが、その後に別問題がもちあがる。ジャーナリストKがSを取材し、Sは求められるままに極秘の面談記録をKに提供。Kは記録をそのまま著書として刊行したのだ。

Sは守秘義務違反で有罪、さらに医師免許停止の行政処分も受けた(Sはいずれも最高裁まで争ったが敗訴)。で、Kはどうなったか?…お咎めなしだった。医師だけが処罰され、暴露したジャーナリストは無罪放免という事実に受講者からは怨嗟の声があがった。Sの守秘義務違反はあったが、それをそそのかしたのはKだ。一民間人にすぎないジャーナリストに守秘義務はないとはいえ、守秘義務違反の共犯(身分なき共犯)あるいは教唆犯とはならないのか。

Kが不起訴になったのは「正当業務」という違法性阻却事由によると思われる。人身事故を起こしたら自動車運転過失致死傷罪、人を殴ったら傷害罪が成立する。でも、カーレーサーがサーキット内で事故を起こして他人を死傷させたり、プロボクサーが対戦相手を負傷させても罪に問われることはない。ジャーナリストが秘密を暴くのも同じく正当業務ということになるのだろう。

40年前私が医学生だった頃、悪名高い731部隊を暴露した森村誠一の『悪魔の飽食』が刊行された。実名を公表された医師のなかに、なんと私が在学していた大学の医学部長が含まれていた。元731部隊隊員という経歴は、その医師にとって絶対知られたくないプライバシーであろう。当時はまだ個人情報保護法などなかったが、もし今、同様の事例が発生したとしたら司法はどのような判断を下すのであろうか。

岡本悦司(福知山公立大学地域経営学部医療福祉経営学科教授)[医師免許停止][正当業務]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top