No.5075 (2021年07月31日発行) P.64
堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)
登録日: 2021-07-02
最終更新日: 2021-07-02
私たちは他者の行動を変えたいと願うことがあります。しかし、それが苦手な人も多いのではないでしょうか。自分の価値観に沿って他人の行動パターンを変えようとするのは、僭越な越権行為のように感じられるかもしれません。心の底では「どうせ人は変わらない」と諦めてしまっていることもあるでしょう。
問題に向かい合わずに放置していると、やがてそれは悪化してこじれていきます。「権威的に人に接しない」「むやみに他人の領域に踏み込まない」というセルフイメージに縛られている場合、そこに踏み込むためには、それを正当化する理由を探すことが必要になってきます。相手が「みんなが納得するような悪い存在」であることを示されれば、みんなでその対象を批判・攻撃することの大義名分が立つようになります。罪悪感を持つどころではありません。そうした時には、やり過ぎてしまう危険性があります。
最近、依存症治療を専門とする先生方からの発信が多くなっており、そこから学ばせていただくことが増えています。以前は「底つき」という、依存症患者が問題行動を続けた結果、人生全般に行き詰り、そこでの強烈な感情体験を通り抜けることで治癒に向かえるようになる、という考え方が支持されていました。周囲の人には、依存症患者の行動に巻き込まれて共犯関係になることから抜け出すように指導がされました。これは本当に必要な部分もあるのですが、一方で「放置させる」「孤立させる」ことにつながる、強い罰を与えることでもありました。
しかしこの「底つき」は、回復のために不可欠なものではありません。短期的には「所属集団内でまともな人間として認めないぞ」という脅しは強力で、「目の前の目標を達成することだけ」を考えれば有効なのです。しかし一方で、何らかの意味で依存している「人」を否定してしまうことは、その人の内面を深く傷つけ、長期的には回復に良い影響を与えません。
自分が大切にされているという信頼感が生まれることが、すべての土台になります。この土台があってはじめて、問題につながる「行動」について適切に共感を交えて指摘していくことが、普段から可能になります。
堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[依存症治療]