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【識者の眼】「老い支度の大切さを学ぶ」小川純人

No.5085 (2021年10月09日発行) P.62

小川純人 (東京大学大学院医学系研究科老年病学准教授)

登録日: 2021-10-04

最終更新日: 2021-10-04

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先般、ある番組で家族社会学者の春日キスヨ先生とご一緒する機会をいただいた。春日先生は、膨大な聞き取りに基づき高齢者介護における家族関係や高齢者の課題に関する研究に長年取り組まれ、最近では「身じまい」に関する本も出版された。

現在、わが国の死亡数のピークは男性87歳、女性93歳に達し、多くの人が平均寿命より長生きし、人生100年時代を迎えている。介護保険受給者は75歳以降右肩上がりで、女性では80歳前半で6割、80歳後半で8割の人が要介護状態になっている。春日先生によれば、誰もが所謂ピンピンコロリを願っているが、実態は大きく異なるという。70代まではピンピンでも80〜90代の老いの坂でヨロヨロとなり、ドタリと倒れた後も誰かの世話になって生き続ける場合が多い。ひとたびドタリとなれば下の世話も誰かに委ねざるをえなくなるが、その時、誰にどこで世話を受けて生きるのか、事前に考え準備することが必要なのではないか。

実際、多くの高齢者は様々な疾患や障害を抱えて暮らす傍ら、子供達には迷惑をかけたくないという想いで頑張っている。しかし、なるようにしかならないと考える高齢者が大半で、なってから慌て、納得できる選択ができない場合が多いそうだ。かつて「大正期高齢者」では同居する若い世代が面倒を見られたが、「昭和期高齢者」では同居の子供がいない世帯が多い。たとえ同居していても、子供が経済的に親を支える力がない8050の現実もある。また、自宅での生活継続が困難になると病院や施設に行ってしまうなど、身近に模範高齢者がいない状況も、どう高齢期を過ごせばよいかの思考に至らない背景とのことだった。

有料老人ホームやサ高住へ入居の際、誰からの相談が多いかデータを示されたが、80%以上が子供で、肝心の「本人が相談する」はわずか14%に過ぎなかった。本人が相談できる状態でないと施設側も本人の意向を十分に汲み取れない。本来もっと早い段階で、ドタリ期を誰とどこで生きるのか考えて備えることが大切で、遺言や終活などの死に支度だけではなく、文化的・制度的に空白状態ともいえる“老い支度”が必要とのことである。その際、自分は人の世話にならないというプライドを捨て、どうにかなるという現実逃避はやめ、施設を事前見学し情報を得るなどの準備は老いの作法や百まで生きる覚悟として必要だ、と強調しておられた。現代社会では、家族構造の変化、社会的孤立の深化、世代内格差の広がりなど、課題は山積しているが、身じまい文化の醸成や老い支度の重要性など貴重な教えをいただいた。

小川純人(東京大学大学院医学系研究科老年病学准教授)[人生100年時代]

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