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【識者の眼】「終わりの見えない闘い」岡本悦司

No.5101 (2022年01月29日発行) P.57

岡本悦司 (福知山公立大学地域経営学部医療福祉経営学科教授)

登録日: 2022-01-07

最終更新日: 2022-01-07

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医療現場は映画やドラマにはうってつけのセッティングと言える。マイケル・クライトンの人気医学ドラマ「ER」は言うに及ばず、救急医療の現場などは単にカメラを入れさえすれば「救急病棟24時」といった類のドキュメンタリー番組はつくれてしまう。それに対して、新型コロナのような感染症対策や健康危機管理の第一線機関である保健所については、ニュース等で断片的に報じられる程度で、その活動を記録した番組や映画はきわめて少ない。国民の多くにとって保健所の活動は中身の見えないブラックボックスと言える。

新型コロナ禍に直面した保健所にカメラが入り、ドキュメンタリー映画となって公開されている。社会派女性映画監督として知られる宮崎信恵監督による表題の映画がそれだ。コロナ禍で一転修羅場と化した保健所の光景はさながら巨大なコールセンターのように、保健師らが鳴りやまぬ受話器を握ってメモをとりながら応答してゆく光景の連続である。

失礼ながら、「ER」と違って「絵にならない」、つまり通常の映画監督が最も興味を示さない光景ばかりなのである。制作側も大ヒットなど元より期待していないようで、上映館も少ないミニシアターに限られている。この映画の見どころは、まさにそうした「絵にならない」地道な活動こそが感染症対策の本質であることを教えてくれるところにある。

本映画は2021年3月までの記録だが、その後に第5波があり、そして今や第6波が始まろうとしている。筆者も、同じコロナウイルスに起因する2003年のSARSが1年であっさり終息した記憶から、当初は楽観視していた点は反省している。登場する職員らが訴える精神的に最もつらいことは「終わりが見えない」ことだった。極限状態での業務に垣間見るメンタル面の描写はこの映画のもうひとつの見どころでもある。世界は今や長期戦への心の準備が求められている。

映画をみながら「不屈の戦争指導者」と呼ばれたイギリス首相ウィンストン・チャーチルが国民に団結を呼びかけた次の言葉が思い出された。

「これは終わりではない、終わりの始まりですらない、が、おそらく、始まりの終わりであろう」

▶映画公式サイト[www.phh-movie.net

岡本悦司(福知山公立大学地域経営学部医療福祉経営学科教授)[保健所][ドキュメンタリー映画]

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