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【識者の眼】「女性外科医の大先輩」野村幸世

No.5103 (2022年02月12日発行) P.60

野村幸世 (東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)

登録日: 2022-01-26

最終更新日: 2022-01-26

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先日、医局の同窓会が2年ぶりに開かれました。Web開催です。ですので、医局の現状報告や会計報告はありましたが、乾杯やパーティーはありません。その中で、ご逝去された医局の同窓会員のお名前が読み上げられ、わが医局の最初の女性医局員の先生がお亡くなりになられたことを知りました。なんとも寂しく思います。

この先輩は1950年(昭和25年)に東京女子医専を卒業され、うちの医局にいらしたのだそうです。もう90代の半ば近かったと思います。一昨年、コロナになる前の同窓会には、九州からお一人で飛行機に乗り、いらしていました。その際に、入局された頃のお話をなさっていらっしゃいました。うちの医局には20年くらい前まで、入局審査というものがあり、1年間、研修医を勤めた後に、入局にふさわしい医師かどうかを他の医局員全員で討議し、入局を許可する、というものです。この女性の先輩のお話によりますと、入局審査の後、当時の医局長に「君も入局が許可されたよ。僕は君にも女性の幸せも味わってほしいと思って反対したのだけどね」と言われた、とのことでした。その医局長は、もちろん、信望の厚い方だったようですが。

この医局長先生のような考えの方は今もたくさんおられるように思います。当時はそれが男の矜持みたいなものだったのでしょうか? しかし、現代となっては、人権侵害になりかねない発言です。正義は時代とともに変わるものなので、仕方のないことと思いますが、これからの社会人はぜひ、そのようなお考えは捨ててほしいものです。

しかし、結果的にはわが医局は、当時から、多数決で女性の先輩を受け入れる器量がありました。そして、この私の40年先輩のおかげで、私は他の医局が「女はいらない」と豪語している時代にうちの医局に難なく入局しました。

私は女性外科医会や学会の男女共同参画委員など務めさせて頂いておりますが、時々思うことは、本当に男女共同参画が実現した暁には、このような会や委員会は発展的解散に至るのだろうということです。そうしましたら、私たち、男女共同参画に奔走した女性医師たちは海の藻屑のように忘れ去られ、それでいいのだ、と。でも、私はこの女性の先輩を決して忘れません。私が外科医をしているのはこの先輩がいらしたからこそ、と心より感謝しています。

野村幸世(東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)[女性医師]

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