No.5112 (2022年04月16日発行) P.64
薬師寺泰匡 (薬師寺慈恵病院院長)
登録日: 2022-03-30
最終更新日: 2022-03-30
2021年10月、千葉市でアナフィラキシーショックと考えられる患者の救急搬送中に、救急救命士がアドレナリンを静注し、一時心停止に陥るという事故があった。これに関して、3月11日に第三者委員会の報告書が発表された。基本的に救急救命士はアドレナリンの筋注は許されておらず(患者がエピペンⓇを所持している場合を除く)、静注は心停止の際にのみ医師の指示のもとに実施することになっている。報告書にはアドレナリン静注に至るまでの詳細な経過が記されていたが、ヒューマンエラーのスイスチーズモデルの穴を絶妙にくぐり抜けて起こったような事例であった。
まとめると、搬送先の医師からエピペンⓇの有無を聞かれた救急救命士が、エピペンⓇを所持していないことを伝えたがうまく伝わらず(救急隊からの入電は携帯電話で、救急車走行中のため、通話が安定しないこともある)、やりとりの中でアドレナリンを投与しなくてはならないのかと考え、メディカルコントロール(以下、MC)の医師に、「アドレナリンもよろしいのでしょうか?」とあいまいな問い合わせをし、MCの医師はアドレナリンを静注はしないだろうという考えからアドレナリン投与の指示を出し、静注してしまったという経過である。
再発予防のためには、知識の周知はもちろん、コミュニケーションの問題を解決することが必要である。救急隊から特定行為指示要請の連絡を受けて指示を出すことは、ある程度の規模の病院で救急診療に携わらなければ経験できない。また、これに関する教育の機会はなかなかない。近年、専門医となるための研修体制が構築され、MCについても学ぶことが可能となっているが、緊迫した環境の中で必要十分な情報を伝えるような、コミュニケーションそのものに関する訓練は十分に行われているとは言い難いのが現状ではないだろうか。
DMATの訓練では、無線による情報伝達のトレーニングがある。自分から情報を伝えつつ、復唱などで確実に情報を伝えられたかを確認し、また相手からどんな情報を得たかも端的に伝える練習をひたすら行う。意外と難しく、いきなり本番というわけにもいかないものである。チームワーク研修プログラムである「TeamSTEPPS」に含まれるコミュニケーションツールなどを参考に、日々の教育にコミュニケーション法を取り入れるなど、より確実な情報伝達能力を担保する姿勢が求められる。
薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[救急救命士]