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【識者の眼】「カタカナに依存せず、新しい日本語を創造しよう!」中村安秀

No.5121 (2022年06月18日発行) P.62

中村安秀 (公益社団法人日本WHO協会理事長)

登録日: 2022-06-03

最終更新日: 2022-06-03

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「超高齢化社会を迎え、フレイル、ロコモ、サルコペニアの予防が大切です」という呼びかけを見て唖然とした。本当に予防を必要とする高齢者のうち、何割の方が、フレイルやサルコペニアの概念を理解できているのだろうか?

日本老年医学会によれば、フレイルは、海外の老年医学の分野で使用されている英語の「Frailty(フレイルティ)」が語源となっているという。Frailtyには、「虚弱」「老衰」「衰弱」「脆弱」などの意味がある。ただ、しかるべき介入により再び健常な状態に戻るという可逆性があること鑑み、議論の末「フレイル」というカタカナを使うことにしたそうである。

私は、1989年(明治22年)に勃発した、statistics(英語)あるいはStatistik(ドイツ語)の訳語をめぐる有名な「統計訳字論争」を想い出した。宮川公男氏の『統計学の日本史』(東京大学出版会)によれば、「統計」という用語を押す森林太郎(鴎外)と「スタチスティック」を掲げる今井武夫の間で延べ10編以上の論考が学術誌上で交わされたという。統計と訳すと簿記のように誤解される恐れがあり本義を誤ると主張する今井に対し、森は「計へ統べる」という意味を持ち不適切な訳語ではないと反論した。最終的に統計学という日本語が定着し、今では中国でも「統計」という用語を用いている。1つの言葉の訳語をめぐって学術誌上で1年にわたり論争を繰り広げる、明治時代の碩学の熱意に圧倒された。

杉田玄白と前野良沢による『解体新書』(1774年)以来、オランダ語から翻訳された医学用語は少なくない。網膜、鼓膜、神経、動脈、静脈など新しい言葉が次々と生み出された時代の息吹きは江戸期から始まっていた。

今日本では、新しい日本語を創造する手間を省き、新しい医学概念はとりあえずカタカナで表現しておこうという風潮が蔓延している。今まで日本語になかった概念なのだから、カタカナで表現するのは仕方ないという言い訳を聞く機会が少なくない。日本の医学と医療の未来を考えるときに、「新しい葡萄酒は新しい革袋に入れ」という発想が必要不可欠である。住民や患者主体の医療をめざすのであれば、子どもたちにも高齢者にも理解できる日本語を創造する努力と意欲が必要になる。カタカナ語ではなく、新しい日本語を創り出すための熱い議論を期待したい。

中村安秀(公益社団法人日本WHO協会理事長)[日本語創造]

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