ワクチンの危険性を示唆する論文、論説にも、科学性、論理性が必要であることは言うまでもない。臨床評価誌にそうした論説(以下、平井論説)が掲載されているので、クリティカルリーディングを試みた。平井論説は、新型コロナワクチン接種翌日に生じた大動脈解離症例を提示し、接種との関連を論じた後、接種後の死亡数を死亡までの日数の関数とする数学モデルを提唱した。最終的に、2021〜23年の平均寿命の低下をワクチンに帰す考察を行っている。
提示された症例(79歳,男性)は、降圧剤中断後、血圧は正常に推移していた。2回目のワクチン接種翌日、突然腹痛が出現、救急車で搬送され、急性大動脈解離と診断された。人工血管置換術を受け、約1カ月後退院した。平井論説では、「大動脈解離の主要な危険因子である高血圧」を原因としているが、平井論説表 1のリスクとしての高血圧は「動脈硬化の危険因子」のカテゴリーに入っている。これは慢性的な高血圧の、動脈硬化を介したリスクを指し、症例にそぐわない。平井論説では、ワクチン→高血圧→大動脈乖離というシナリオで、「ワクチン接種がもとで動脈解離が生じたとする合理的な医学的理由がある」と考察しているが、発症直前の血圧、動脈硬化の情報がない症例の、大動脈解離の原因をワクチンに求める医学的理由はない。
平井論説は、数学モデルを導入し、「接種による死亡発生の根底には同じメカニズムがあり、同じ過程で死に至ることを示唆している」としているが、接種後の死亡が網羅的、またはランダムに計上されるという保証はない。死亡数は「届出」で、翌日に起きたものは高い確率で計上されるが、20日後のものは低下していると考えられる。この「届け出のクセ」も「ワクチンの副反応」も、同じように「ワクチン接種後の死亡届出の根底にある同じメカニズム」として成立する。統計解析は正しくとも、疫学的因果関係のための条件が満たされていない場合、解釈は現実を示さない。
あとがきには平均寿命の記述がある。大動脈解離症例(1例)を示し、最終的に国民の死亡率の上昇をワクチンに帰す仮説を提唱しているが、単に平均寿命の経時的変化を示しただけで、ワクチンを原因とする根拠は示されていない。少なくとも、平均寿命の低下のうち、ワクチンが原因となっているのはどの程度あると考えているのかの情報は記載すべきではないか。また、提示された数学モデルから、現実の死亡推移が説明できるかの検証も行うべきであろう。
最後に、あとがきにある「ワクチン接種によって国民の健康にただならぬことが起こっていることを強く疑わざるをえない」に引用された文献は翻訳で、オリジナル1)は、掲載誌Cureusから出版後に撤回処分を受けている(宜保論文)。オリジナルが撤回されているのに、翻訳を文献に引用することは、科学の正当な手順を大きく逸脱しており、平井論説の妥当性、倫理性に関わる大問題だ。
【文献】
1) Gibo M, et al:Cureus. 2024;16(4):e57860.
鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[新型コロナワクチン][公衆衛生]