世界最大の医薬品市場を擁する米国において、ドナルド・トランプ大統領が打ち出した通商政策、いわゆる「トランプ関税」が医薬品業界にも波紋を広げている。トランプ大統領は2025年4月2日、すべての輸入品に一律関税を課すと発表した。医薬品については、特定輸入品の国家安全保障への脅威を判断する「セクション232調査」が進められており、その結果次第で、高率関税が課されるおそれがある。もっとも、日本では2024年の医薬品対米輸出額が4115億円、輸入額が1兆1463億円と圧倒的な入超となっており、トランプ関税の影響は限定的にとどまる見通しである。この構造は、日本企業における創薬力・製造力の弱さ、グローバル化の遅れも意味している。
一方、トランプ大統領は4月15日、「米国民を再び最優先にして医薬品価格を引き下げる」とする大統領令にも署名した。関税に加え、この価格抑制策により米国内での価格引き上げが困難となり、米国市場の魅力度がさらに低下しかねない。それにもかかわらず、米国に本拠を置くグローバル製薬企業のみならず、欧州の製薬企業も米国への投資を加速させている。ノバルティスが230億ドル、ロシュが500億ドル、ノボノルディスクが41億ドル規模の投資計画を発表し、欧州製薬業界では1000億ドル以上の資金が域外流出するとの危機感が高まっている。
たとえトランプ(共和党)政権が終了しても、米国における製造・雇用重視政策が継続すると見込み、単なる関税回避にとどまらず、米国内製造能力の強化やサプライチェーンリスク低減をめざす戦略的意図がある。さらに、バイオ医薬品分野では、技術集約型製造によるコスト優位性、治験薬を米国内製造することで関税を回避できる利点も、米国投資を後押ししていると推察される。
世界的な米国投資加速の動きは、日本への投資低下という新たな課題を浮き彫りにしている。日本ではバイオ医薬品分野への投資が大きく立ち遅れており、政府も研究開発支援や製造基盤の強化を政策課題に掲げてきた。しかし、グローバル企業の資金が米国に集中する中、日本国内への投資はさらに後回しにされる懸念が強まっている。
今、求められているのは、関税や貿易摩擦の議論に目を奪われることなく、日本が研究開発力と製造基盤をいかに強化するか、改めて主体的に戦略を議論し、実行に移すことである。これまでもCDMO(医薬品受託開発製造企業)など製造基盤の強化が掲げられてきたが、トランプ関税や米国投資加速という新たな流れにより、状況は大きく変化している。バイオ医薬品を中心とした国内創薬力強化に向け、持続可能な産業基盤整備を急ぐ必要がある。環境変化を的確にとらえ、従来方針を再検証し、より実効性のある取り組みに進化させなければならない。
坂巻弘之(一般社団法人医薬政策企画P-Cubed代表理事、神奈川県立保健福祉大学シニアフェロー)[医薬品関税]