前稿(No.5224)で、当院における保守ベンダーのミスを利用者の会で報告したことを取り上げた。万一に備えて5年前に始めた画像バックアップが、当初の設定ミスで、ずっとバックアップができていなかったことを知った保守企業(日本で最も大きいシェアを持った企業)が、病院にそのことを報告せず、オンライン保守回線を使ってバックアップを作成しようとしたが失敗し、頻回に現場(病院)を訪れたので発覚した─という事例である。これを利用者の会で報告したとき、会場から「(当院でも)保守ベンダーに聞いてみよう」といった反応があったことに「フィルターバブル」「エコーチェンバー」の状況に類似する─と表現したが、少し唐突だったかもしれない。
これらの言葉を初めて知ったのは、恥ずかしながらNHKのEテレのネズミの親子のアニメからである。番組ではコロナ禍で「コロナワクチン接種は危険である」「コロナ禍は国の陰謀」といった言説が広まったことが取り上げられ、「SNSでの炎上」などインターネット社会での現象を理解する上で興味深い内容だった。昔から言われる「井の中の蛙、大海を知らず」に少し似ているが、インターネットという大海に開かれた場所なのに、見えないフィルターによるところ、つまり本人が自覚しないでいる部分が違っている。海外に自由に行くことができ、世界中の情報にアクセスできる現在の日本で、世界中で使われている医療情報システムに「フィルターバブル」との類似性を感じるのはなぜだろう。
大阪急性期・総合医療センターでのランサムウェアによる電子カルテの暗号化によって診療を長期間停止せざるをえなかった事件でも、提携する給食会社のネットワーク機器の脆弱性対策ができていなかったことも問題であるが、このサプライチェーン経由の攻撃を想定せず、FireWallの設置もなく、機器に同じパスワードを使用するといった常識はずれの設定をしていた企業に事件後の対策も頼っている現状も、類似しているように感じる。
これらの問題は、現在の日本の電子カルテがベンダー独自の形式で診療情報を保存し、利用者が容易にベンダーを変えられないのが原因である。ベンダー移行時には既存ベンダーが新ベンダーのシステムが要求するデータに変換することになり、その費用が大きいことに依存している。診療自体はどの医療機関も類似なので「見える化」はできていると言える。
他分野でも同様であるが、標準的な記録方法があれば変換は容易になる。しかし、丸投げ契約の電子カルテではそのベンダーにしか聞けず、当然、「難しい」「高額が必要」などと言われることになる。厚労省はSS-MIX2という標準形式をつくっている。しかし標準形式の内部に、普及していないコード体系を定義しているので、普及は困難となっている。
保険請求のコードは医療機関の収入に必須のものなので普及しているが、診療報酬改定で変更があるので使えない。一方、記録のためのコードは変更できないものを医政局がSS-MIX2で定義している。前者のコードは保険局の所掌範囲であるが、診療報酬改定があっても古いコード番号を重複して使わないこと、SS-MIX2の定義でこのコードを使うことにすれば、電子カルテでも今後使えるものになると思う(現在も対応表はあるのだが、新旧の移行期間の問題のためか、10%程度変換できなかった)。
近藤博史(日本遠隔医療学会会長、協和会協立記念病院院長)[SS-MIX2]