韓国で医科大学の入学定員増をめぐり、混乱が続いている。契機は2024年2月に韓国政府が2025年から医科大学の定員を増やすと発表したことに基づくもの。定員数をこれまでの3058人から5058人にするという案は、韓国の医師や医学生の反発をまねいた。定員増に反対するストライキやデモが行われ、数多くの研修医が医療現場を離れ、医科大学の学生は大量休学するという異常事態が今も続いている。
そもそも医科大学の定員増は、ソウルに一極集中している医療の状況を解消し、地域の小児科・産婦人科・救急科などの必須医療を確保することをめざして決定されたという。韓国にも日本の公立・公的病院に当たる公共病院が開設され、地域医療を行っている。
韓国は保険者が一元化された国民健康保険が確立しているものの、カバーする療養給付の割合が低く、非給付の診療行為が多い。このため、各医療機関において混合診療が認められ、民間の実損医療保険が発達している。2階建ての医療保険制度はすき間が生じやすく、公共病院はすき間となる人たちに、医療社会福祉事業として医療を提供することが重要な役割とされている。
日本は英国やドイツ、フランスなどに比べて公的な病院が少なく、民間医療機関が多いが、韓国は日本以上に民間医療機関が多い。韓国の全医療機関4118院に対して公共医療機関は222院(5.4%)、全医療機関病床数65万6068床に対する公共医療機関の病床数は6万3417床(9.7%)である。なお、一般医療センターは66院で、うち地方医療院35院・分院2院・赤十字病院6院、市郡立総合病院5院の合計48院にしか過ぎない。日本の自治体病院は913院で全病院の11%、病床数21万7337床で全病床数の14%、このほか国立・公的・社会保険団体病院を合わせれば病院数19%、病床数は30%に及ぶ。
韓国の地域拠点公共病院のほとんどが病床数200床・医師数20名程度の中小病院であり、慢性的な医師不足と経営難に悩んでいる。日本における地方交付税などの国の財政措置制度はなく、地方公共団体からの財政支援も医療社会福祉事業に対する支出が中心で、建物や人員増などの経営規模を拡大するほどの支援はない。
そもそも韓国の高度専門医療は、ソウル市内のビッグ5と言われる大病院などに集中し、地方の病院の医療は弱い状況にある。今回のような韓国の医科大学の定員を増やしても、ソウルへの医療の一極集中が続く限り、ソウルへの医師の集中が加速し、劣悪な若手医師の勤務条件がより悪化する可能性が高い。このことが現在の研修医・医学生の医科大学定員増に対する徹底的な反対につながっていると考える。
これから高齢化が本格化する韓国において、地方の病院の医療水準向上、医師不足への対応は待ったなしである。しかし、医療保険制度や民間病院中心の医療、公共病院の弱さなど根源的な課題を抱えており、解決は簡単ではないと考える。
【参考文献】
伊関友伸(城西大学経営学部マネジメント総合学科教授)[自治体病院][公共病院][一極集中]