No.5000 (2020年02月22日発行) P.48
藤森俊二 (日本医科大学千葉北総病院消化器内科教授)
登録日: 2020-02-21
「医学は進歩したが、ほぼ元通りに治癒できるようになった疾患は抗生剤で治療できる感染症だけだ」。筆者が学生だった30年以上前、当時の内科学の教授がこのように講義していたのを覚えている。確かに、切除を行わずに跡形もなく治癒できる感染症以外の疾患を思いつくのは、現在でも大変である。何より、難治と考えられていた様々な疾患が、実は病原体感染が原因で、病原体を排除すると治療できてしまうことが明らかになった。
消化器の分野でその典型的な例がピロリ菌感染症である。胃潰瘍や胃癌の大半がピロリ菌感染により生じ、除菌すれば胃癌のリスクは減少し、胃潰瘍はほぼ発病しないのである。C型肝炎も30年前は non A non B肝炎として原因不明の病気であったが、C型肝炎ウイルスにより発病することが明らかになり、現在では服薬治療でウイルスを排除して治癒する。このように、難治と考えられていた疾患が実は感染症であるとした報告は、医学界では枚挙にいとまがない。
現在、多くの原因不明の疾患で微生物との関連が疑われている。消化器の分野では、古くから感染症が疑われているものの原因不明なのが、潰瘍性大腸炎といった炎症性腸疾患である。遺伝子をノックダウンするなどして炎症性腸疾患と類似した疾患を発病する実験動物が、細菌などから隔離された環境では発病しないのに、通常の飼育環境だと発病することから、炎症性腸疾患に微生物が関与している可能性は高い。
炎症性腸疾患の炎症の場は腸管であり、腸内細菌研究に力が注がれている。今や腸内環境という言葉は、様々なメディアによる記事や宣伝などで本邦では知らない人の方が少ないであろう。腸内環境に大きく関与する腸内細菌は、高脂血症や肥満、脂肪肝炎、アレルギー、自閉症など多くの疾患に関与が疑われて研究されている。
その他にも様々な疾患が実は感染症で、病原体を死滅させることで治療できる日が来るのかもしれない。
藤森俊二(日本医科大学千葉北総病院消化器内科教授)[消化器][感染症]