No.5011 (2020年05月09日発行) P.22
渡辺晋一 (帝京大学名誉教授)
登録日: 2020-04-24
最終更新日: 2020-04-24
日本の医療は先進国並みと思っている人が多いが、実際はそうではない。少なくとも皮膚科領域の治療は東南アジア諸国より遅れている。実際日本では重症アトピー性皮膚炎が圧倒的に多く、日本の皮膚科治療はガラパゴス状態である1)。では感染症対策はどうであろうか。
日本の感染症対策の実力を試されたのが、横浜に停泊したクルーズ船である。しかし感染を拡大させ、死亡者も出たことから、感染症対策は不十分であったことが明らかになった。当初私は、日本政府には感染症対策を指導できる人がいないからと思っていたが、1カ月ほどして専門家会議ができたので安心した。しかしその後もPCR検査を帰国者・接触者に絞り、市中の感染者を発見する道を閉ざしてしまった。前の号(No.5007)でも記載したように、感染症対策は①感染者の発見、②隔離、治療─である。
最近になってようやく地方自治体ではPCR検査を増やし、隔離施設を作るとの方針ができたが、すでに手遅れである。韓国では国内の感染者が見つかってすぐに①、②を行って感染の拡大をほぼ封じ込めている。欧米もPCR検査を拡大している。そのなかで唯一世界に逆行しているのは日本だけである。その結果日本では検査を受けられるまでに病院を転々とし、院内感染が増え、一部では医療崩壊となっている。
日本ではPCR検査を行うことができる検査会社が数多くある。また検体採取を医師が行っているが、数年前の法律改正により、臨床検査技師が患者から直接検体を採取できるようになっている。医療崩壊に陥っている現在、なぜ眼科開業医にまでに検体採取をさせようとするのか。
さらにテレビで、なぜ日本は海外のようにPCR検査をしないのかと質問を受けた感染症対策の専門家が「それはセオリーが違うからだ」と答えていた。今や医療は証拠に基づいた医療(EBM)が常識である。理論に基づいた医療は前時代的である。また感染症の大家(?)が「PCR検査は感度が低いので抗体検査のほうが良い」という。抗体検査は感染したことを調べる検査で、感染者の発見にはあまり役に立たないし、抗体検査のキットの質の検証がまだ十分でない。別の専門家は、韓国での感染症対策のテレビ放送を見て「素晴らしいですね」と言っており、他人事である。このような感染症対策の専門家が日本では大学で教鞭に立っている。さらに最近の報道で分かったことだが、日本環境感染症学会が横浜のクルーズ船の感染拡大防止にも関与したということである。
政府の専門家会議がたびたび開催されているが、PCR検査を幅広く行っていないので、実際の感染者数や本当の死亡者数は分からないはずである。単に政府の意向に箔をつけるだけかもしれない。すでに市中感染者が院内や高齢者施設でも多くいることは証明されている。そもそも会議の委員は厚労省が選んでおり、厚労省の意向が強く働く。また専門家といっても名誉職のような人もいる。もっとも厚労省の医師(技官)も、実際の医療経験はきわめて少ないことが多い。学会の役職にある人も、研究業績や利益相反で選ばれ、実際の診療を知らない医師も多い。これがわが国の医療が世界と異なるガラパゴス状態になっている最大の要因かもしれない。
絞られたPCR検査による見かけ上の感染者数ではなく、実際の感染者数を日本国民に知らせないと、外出自粛が守られず、米国・ニューヨークの二の舞になってしまう。今後PCR検査を絞った政府の責任が問われるのかもしれないが、ニューヨークのような感染状況にならないことを祈っている。
【文献】
1) 渡辺晋一:学会では教えてくれないアトピー性皮膚炎の正しい治療法. 日本医事新報社, 2019.
渡辺晋一(帝京大学名誉教授)[新型コロナウイルス感染症]