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【識者の眼】「低栄養による低身長に『単に小柄な子ども』の落とし穴」山田不二子

No.5011 (2020年05月09日発行) P.37

山田不二子 (認定NPO法人チャイルドファーストジャパン理事長)

登録日: 2020-05-10

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前回(No.5004)言及した栗原勇一郎被告の公判では、懲役16年の一審判決が出ましたが、被告人は「心愛ちゃんの死の責任は負うが、自分は虐待していない」と主張して控訴しました。この行動パターンからも、勇一郎被告の認知のゆがみが見てとれます。心愛ちゃんが亡くなる前に、なぜ、この認知のゆがみの重大性に気づいてあげられなかったのか、悔やんでも悔やみきれません。

今回は、札幌市で2019年6月6日に2歳6カ月の詩梨ちゃんが亡くなった事件を取り上げましょう。

2020年3月11日に、札幌市子ども・子育て会議児童福祉部会が『令和元年6月死亡事例に係る検証報告書』(https://www.city.sapporo.jp/kodomo/jisedai/kosodatekaigi/jidofukushi/documents/houkokusyo-r2-00.pdf)を発表しましたので、詳細はそちらに譲り、ここでは、1歳6カ月児健診において詩梨ちゃんが呈していた低身長・低体重について考察したいと思います。

詩梨ちゃんは、出生時の身長は47.2cm、体重は2828gでした。また、4カ月児健診の時は、身長58.4cm(−1.9SD)、体重5500g(−1.3SD)と正常範囲でしたが、1歳6カ月児健診では身長68cm(−4.2SD)、体重6750g(−4.1SD)でした。

このグラフは正規分布図です。

日本では子育て世代の相対的貧困率の高さは問題になっているものの、成長に偏りを起こすほどではありませんので、日本の子どもたちの身長・体重は正規分布を示すとみなせます。

正規分布であれば、

*+1SD〜−1SDの範囲に68.2%が入りますので、+1SD以上と−1SD以下を合わせると31.8%となり、−1SD以下はその半分の15.9%です。
*同様に、+2SD〜−2 SDに95.4%が入り、−2SD以下は2.3%、
*+3SD〜−3SDに99.74%が入り、−3SD以下は0.13%、
*+4SD〜−4SDに99.994%が入り、−4SD以下は0.003%、となります。

すなわち、−4SDを下回るということは10万人に3人しかいないレベルですから、絶対に放置してはなりません。また、この水準であれば、当然ながら、両親からの遺伝に基づく体質性低身長は否定されますので、鑑別すべきは基礎疾患に基づく低身長と低栄養に基づく低身長です。

低栄養に基づく体重増加不良や体重減少によって低体重になることは誰にでもわかります。では、なぜ、低栄養で低身長になるのでしょう?

ご存じの通り、3歳頃から思春期に入るまでは成長ホルモンが、思春期に入ると性ホルモンが、身長の伸びに最も大きな影響を及ぼしますが、生後約3年間の身長の伸びは栄養の影響を最も強く受けます。そのため、この時期は、低栄養で低身長を来すわけです。

この時に留意すべきことは、低栄養状態が長期化すると、身長の伸びが低減し、やせが目立たなくなって、身長と体重のプロポーション(バランス)が改善するため、「単に小柄な子ども」とみなされてしまうという落とし穴です。詩梨ちゃんがきちんとフォローアップされなかったのも、1歳6カ月児健診を担当した医師や母子保健担当の保健師がこの落とし穴に落ちてしまったことが疑われます。

山田不二子(認定NPO法人チャイルドファーストジャパン理事長)[失われたいくつもの命から学ぶ③]

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