No.5020 (2020年07月11日発行) P.67
中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)
登録日: 2020-06-22
最終更新日: 2020-06-22
私は新型出生前診断には関与しないが、妊娠女性の求めによって羊水穿刺による出生前診断を行い、選択的人工妊娠中絶を行っている。しかし、相模原障害者殺傷事件の報に接した後、犯人の植松との仮想対話から離れられない。
(植松)私は重篤な障害者を殺害しましたが、貴方は染色体異常胎児の出生を回避させていますね…私と貴方とはどこが違うのですか?
(私)私は障害を持つであろう胎児を中絶するが、君はこの世にいる人々を殺した。
(植松)確かに、私は重篤な障害者を抹殺しましたが、貴方は染色体異常胎児を抹殺していますね?
(私)そうだ…だが、私が行った中絶は妊婦の意志に基づくものであり、母体保護法にも認められている。
(植松)母体保護法の要件を満たすかどうかは、別においておきましょう。私が殺害したのは主体的意識を持てない重篤な障害者です。貴方がこの世から抹殺した染色体異常胎児は、喜びも悲しみも感じることができるだろうと思います。違いますか?
(私)確かに、喜びも悲しみも感じることができるだろう。だが、成人が持つ高度な感情ではなく、小児の感情に留まるだろう。
(植松)でも、喜びや悲しみを持つ人になりますね…私が殺した障害者は喜びも悲しみも感じることができない人でした。それに、妊婦の意志とはいえ、堕胎は貴方自身の判断ですよね。母体保護法は指定医師だけが可否を判断して実施すると規定していますから…。私は貴方を責めはしません…唯、私がしたことと貴方がしていることとの間にどれだけの違いがあるのか確かめたいのです。
(私)君が殺した人たちは、喜びや悲しみを持って暮らしていたんだ。
(植松)そうですか…喜びや悲しみを感じることができたのですか…それならば、私を死刑にして下さって結構です。でも、その罪は、喜びや悲しみを感じることができる人を間違えて殺したからなのか、喜びや悲しみを感じることができなくても、この世で生きている人である限り、殺害することは許されないからなのか…私に教えて下さい。
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無論、答えは後者である…しかし、私は、問いの本質から逃げているのではなかろうか?
中井祐一郎(川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)[女性を診る]