No.5033 (2020年10月10日発行) P.62
奥山伸彦 (JR東京総合病院顧問)
登録日: 2020-09-18
最終更新日: 2020-09-18
本連載最終回となる今回は、「1.接種前のリスク対応」(No.5024)、「2.発症時の初期対応」(No.5028)に続き、「3.治療の考え方と実際」について述べる。
治療の基本は認知行動療法であるが、それは変容した脳のシステムを以前の状態に戻すことではなく、成長を含めた新たなシステムに置き換えていくプロセスである。従って、症状の消失ではなく、生活内容の改善を目的とし、最終的に症状の一部は残ったとしても、本人の希望する生活ができるよう支援する。
①治療過程での心理社会的リスクの軽減:患者、家族と医療者の疾患認識を繰り返し共有
・痛み刺激がきっかけとなって、広く体の痛みや多様な症状が出現することがあること
・ワクチンはきっかけだが、原因であるとも原因でないとも証明できていないこと
・時間はかかるが、長期的に症状は改善し希望の生活が可能となること
②認知行動・運動療法
・客観的事実を共有し、不安というだけで行動を抑制しないよう促す
・痛む体を動かしても体自体は悪くならないことを、繰り返し説明する
・痛みが落ち着いている時間帯に運動・活動を勧め、制限しない。補助具を避ける
・痛みの消失ではなく、生活が可能な、痛みが30〜40%に低減することを目標とする
・緊張を和らげ、痛みをやりくりするための方法を自ら探すよう手助けする
・発症以前に出来たことだけでなく、新たにやりたいことも目標、課題とする
③薬物療法:無効な場合や副作用が強く出ることがあるため、選択と用法には工夫が必要
・鎮痛薬:アセトアミノフェン、NSAIDs(ナプロキセンなど)。プラセボ効果としても有用
・慢性疼痛治療薬:プレガバリン(眠前少量25〜50mgから)、アミトリプチリン(眠前10
mgから)。効果が出れば早い。部分的にでも有用であれば、増量は急がない
・他に、トラムセットⓇ(オピオイド系鎮痛薬:有効かどうかを確かめ状況改善の契機として利用する、常用は避ける)、ノイロトロピンⓇ(有効との症例報告があり、試みる価値はある)、抗不安薬など
HPVワクチン接種後の慢性疼痛は、誰にでも起こりうる疾患であり、主観的で境界不明な症状だからこそ疫学的精度も得にくい。最終的には脳科学が発展しなければ医学的エビデンスを期待しにくい疾患と思われる。診療には広く未知に立ち向かう人間としての力が必要で、困難に耐えて成長する子どもたちへの敬意と共感がなければ成り立たないことは言うまでもない。
奥山伸彦(JR東京総合病院顧問)[小児科][HPVワクチン]