No.5032 (2020年10月03日発行) P.60
岡本悦司 (福知山公立大学地域経営学部長)
登録日: 2020-09-23
最終更新日: 2020-09-23
「医療行為の違法性阻却事由(=合法である条件)を述べよ」は法医学や医事法学の試験のヤマ中のヤマである。正解のひとつが「公序良俗に反しないこと」であり、例として必ず挙げられたのがタトゥー(入れ墨)であった。入れ墨は公序良俗に反する行為であり、非医師はもちろん医師であっても正当な医療行為にはならず傷害罪を構成しうる……そう私の世代の医師は習ったものだ。
9月16日の最高裁決定により、過去問の正解も修正を余儀なくされそうだ。「タトゥーは古来わが国の習俗として行われてきた」「施術に対する需要そのものを否定すべき理由はない」、そして医師法による規制を「国民が享受し得る福利の最大化を妨げる」。タトゥーは公序良俗に反しないどころか「美術的価値や一定の信条ないし情念を象徴する意義」を有する、と最高裁は国民のタトゥーを受ける権利(!?)を全面的に肯定した。タトゥーは医師法にいう医業に該当せず、それゆえ非医師でも行えることとなった。感染症やアレルギーの危険性への対応は「新たな立法によって行うべき」と御丁寧に勧告までしている。「タトゥー安全確保法」のような法律を作れ、というのだ。
医師にとっては容易には受け入れがたい考えだが、もはや手遅れだ。むしろこの決定の今後の影響と波及に警戒すべきであろう。幸い、原審(大阪高裁)は「美容整形は医業に該当する」と判断しており、美容外科が非医師によって侵食される懸念はなさそうだ。アートメークも皮膚に色素を注入する点でタトゥーと同じだが「あざ・しみ・やけど」の治療(=医療該当性)だから美容外科に含まれると判断している。
では、永久脱毛、ホディピアスといったいわゆる医療エステはどうなるか? あざやしみを覆い隠すようなタトゥーを施すことはどうなるのか? 原審は全く判断しておらず、今後こうした業界から医業範囲の縮小を求める要請や訴訟が頻発することが予想される。今回のタトゥー判決には、美容外科医ならずとも、全医師が注視してゆくべきである。
岡本悦司(福知山公立大学地域経営学部長)[最高裁決定]