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福岡の土産[炉辺閑話]

No.5045 (2021年01月02日発行) P.86

幅 雄一郎 (順天堂大学総合診療科)

登録日: 2021-01-04

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コロナ禍の直前、福岡の学会出張の折に初めて金印を見た。『漢委奴国王』と刻まれたあの歴史的に有名な金印が博物館に展示されており、どうせレプリカだろうと思ったら本物であった。2000年近い時間の重みによる強いオーラは厳かな美しさを形づくっていた。出口の土産物屋で衝動的に買ったレプリカは桐箱に丁寧に入れられ、実に本物そっくりであった。

金沢の金箔、京都の金の扇子、大阪のレプリカ小判、全国各地の観光スポットに設置されている金のメダル自販機……。なぜか旅先でこのような金モチーフの土産によく惹かれる。私が名古屋人だからだろうか。尾張の人々は金、こげ茶、黒といった濃い色を好む。これはソウルフードの赤味噌の色と通ずるところがあると言われている。土産物のゆかりも黄金缶があり、ゴーフルの箱の色も金と黒の組み合わせであり、それぞれよく売れている。乗れたらラッキー、金のタクシーも地元ではよく知られている。

名古屋城の鯱は3億3000万円分の金の板を用いているが、果たして金にする必要はあったのか。装飾としての金は、二条城の唐門の如く一部に使うことで引き締められた美が体現できる。かの秀吉(現・名古屋市中村区出身)は黄金の茶室を設えご満悦であった。詫び寂びの極致の空間を権力の象徴としたのである。復元した黄金の茶室を美術館で観たことがあるが、ただ豪華絢爛であるだけでなく凛とした美しさもあった。金は全体に使うと却ってぼやけると思っていた私にとって、これは意外な発見であった。黄金の茶室は決して露悪趣味的なものではなかったのである。

実は、最も希少な金属は白金である。最も貴重な訳ではない金がなぜ金属の中の王者に君臨しているのかと言うと、美しい色彩を持ち酸化しにくく産出が一定に得られ加工が容易なことが挙げられる。もし金がない惑星だったら、一等のメダルの色はどうなるであろう。銀メダルがそのまま繰り上がるのか、それとも白金か、アンチモンか、タングステンか……。金言は銀言、金科玉条は銀科玉条になるのか。そして男の……。要するに金は象徴界とうまく手を結び、金属界で「成功している」のである。

ところで、福岡で買った金印は歴史好きの同僚に譲った。

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