東日本大震災直後に発生した東京電力福島第一原発の事故では、放射線汚染が問題となりました。特に、チェルノブイリ原発事故と比較して報道されることが多かったのですが、チェルノブイリ原発事故から4~5年後に、事故当時15歳以下であった小児に甲状腺癌が多発したと報道されました。そして、福島の事故直後から、子どもに対する甲状腺癌の発生が懸念されました。
これを受けて福島県では、2011年9月から、事故当時に福島県に居住していた18歳以下の人を対象に、甲状腺癌スクリーニング検査を開始しました。
まず、超音波検査で甲状腺のスクリーニング検査を行います。これで、結節や囊胞がない、またはあっても小さい場合には、これで終了とします。超音波で異常と判断された場合には、さらなる超音波検査、血液検査、尿検査、吸引細胞診が行われ、治療の必要性が判断されます。
このスクリーニング検査は第1巡目が2011~13年に行われ、第2巡目が14~15年、とほぼ2年ごとに行われ、現在は第5巡目と25歳時のスクリーニング検査が行われています。
第1巡目の検査では約30万人が受検しましたが、細胞診の結果、116人ががんと診断されました。第2巡目では約27万人が受検し、71人ががんと診断されました。それまでは、小児の甲状腺癌の頻度として、14歳以下では100万人当たり0.5~1.2人、15~19歳では100万人当たり4.4~11人と考えられていました。しかし、福島の調査結果は、これらの数字の100倍以上となります。
この結果について、学術論文では、国連科学委員会の2020年報告書の内容をふまえて、「精度が高いスクリーニング検査がもたらした結果」と結論づけられました。
一方、国連科学委員会の報告書では、2019年までに公表された関連するすべての科学的知見を取りまとめて、考えられる被ばく線量は少なく、放射線被ばくが直接の原因となるような将来的な健康影響はみられそうにない、とされました。そして、今回の検査で子どもの甲状腺癌の数が、従来予想されている数より大きく増加したのは、放射線被ばくが原因ではなく、スクリーニング技法がもたらした結果と言及しました。
今回のように無症状の人を対象としたスクリーニング検査で偶然にがんが発見されることがありますが、死亡するまでまったく症状を現さず、死亡後の剖検で初めて発見されるがんを潜在(ラテント)癌と呼びます。甲状腺癌は進行が非常に緩徐ですので、今回がんが発見された人の中には、ラテント癌であったと思われる人も含まれています。甲状腺癌と同様に、前立腺癌は診断されても予後が良いがんとして知られています。以前、筆者らは法医剖検例をもとに前立腺のラテント癌発生頻度を調べました。その結果、12.7%(死亡時の平均年齢が54歳)でした。
今後、様々な環境によって疾病の自然死が変わることも予想されます。多くのがんで、いわゆる健常人における有病率、ラテント癌の頻度を明らかにする必要があります。