令和2年7月16日、藤井聡太7段が渡辺明棋聖に挑戦した将棋棋聖戦の第4局は終盤に入っていた。実況中継しているAbema TVの画面には、盤面とともに勝勢が表示されている。藤井7段95%、渡辺棋聖5%、既に勝負は決しているらしい。将棋中継など真剣に観たこともなかった私でも、artificial intelligence(AI)のおかげで、スポーツ中継のように楽しめる。一方、プロ棋士の解説者たちですら、AIが示す最善手に追いつけない場面があることに驚く。
ディープラーニングを中心とした第3次AIブームの中で起こったコロナ禍によって、私たちはデジタルテクノロジーの進化の渦へ無理やりに連れ出されてしまった。海外の医師たちとのオンライン会議は以前からあったが、令和2年に入り、ほぼすべての会議・講演・講義はオンラインになった。大切な友人たちとの会話や討論は、2次元動画とデジタル音声に変換されてクラウド上に記録された。
1938年に日本で公開されたチャップリンの「モダン・タイムス」は、機械文明に警鐘を鳴らした喜劇映画である。20世紀、単純作業は機械に任せて、五感と知能を使う仕事を担当することで、人間はテクノロジーと折り合いをつけて共存してきた。21世紀、AI・robotics・virtual realityは、万物に対する人間の優越性が幻想に過ぎなかったことを証明してしまうだろう。乗物の運転、散髪、文筆、描画、教育、介護、病気・怪我の治療などを、かつては人間がやっていた時代があったと言われる日がくる。 AIと3Dプリンターで描かれたレンブラントの新作は、本人さえ知らない特徴量を抽出しているという意味で、本物よりもレンブラントらしい。スポーツ観戦、絵画や音楽鑑賞、家族や恋人との生活……、すべてにおいて仮想現実が現実を越えてしまう時代が迫っている。その時、人は何に喜びや悲しみを感じて生きていくのだろうか? そして、その先にあるのは、ユートピアなのか、絶望なのか。
渡辺明棋王の8一龍の王手に対して、藤井聡太7段が4一桂と自陣を固めた。しばらくして、渡辺明棋聖は頭を下げ投了の意を示した。史上最年少のタイトルホルダーが誕生した。