「もう終わりにしてほしい」
世間を騒がせたALS嘱託殺人事件の報道が落ち着いてきた頃、呂律がほとんど回らなくなった当院のALS患者さん(40歳、男性)の口から絞り出された言葉です。それまで見せたことがなかった泣き顔と一緒に。恐れていたことがついに起こった。私は内心で思いながら動揺を周囲に悟られないようにその場を取り繕いました。
医療の目的は、病気を治すことと余命を延ばすこと。しかし、これらの目的を果たすことができない患者さんを支える在宅ケアは、なにをめざせば良いのでしょうか?
ニーズと価値に基づくケア(needs and value-based care)を心がけています。治らない病気や改善が見込めない障害、限られた余命。そんな状況でも人には何か満たされていない欲望や、してもらって嬉しいことがあるのではないか。旅行に行きたいとか、家族で集まりたい、といった大きな願望だけでなく、話を聞いて欲しいとか気持ちが和らぐ言葉をかけて欲しい、優しく肩を触って欲しいなどのささやかな願いもあるはずです。患者さん自身が言えないかもしれないし、さらには意識下にないかもしれません。隠れたニーズや願いの発掘とそれを満たしてあげること。在宅ケアにおいて最も重要で難解なスキルのひとつだと思います。
「こんな病気にかかっちゃって……。一生懸命看病してくれる家内には悪いけど、正直はやく逝っちゃいたいと思ってた。でも皆のようないい人たちに出会ってからは一日でも長く生きていたいと思うようになったんだ」
肺癌患者さん(81歳、男性)が亡くなる数週間前に弱々しく発した言葉にヒントを得たような気がしました。
「世にはわれわれの力の及ぶものと、及ばないものとがある」(ヒルティ「幸福論」)。
多様な視点と価値を備えたケアチームが、その人の人生や価値観を含めた包括的なアセスメントによって、大小のあらゆるニーズを見つけ出しそれらを満たし続けること。それが「われわれの力の及ぶもの」ではないだろうか。