No.5061 (2021年04月24日発行) P.62
上田 諭 (戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)
登録日: 2021-04-05
最終更新日: 2021-04-05
認知症になると元気がなくなる。無気力でぼーっとしている。そういう見方が、一般にも医学の世界にもあるように見える。研究でも、アルツハイマー病(AD)の行動心理症状としてアパシー(無気力、無関心)が非常に多いという結果が典型的であり、国内では軽度ADの96%がアパシーを呈すという論文(2005年)もある。
これは大きな見立て違いだと思う。
たしかに、認知症のなかで血管性認知症の人はアパシーになりやすい。また、レビー小体型認知症でも覚醒度の変動が起き、傾眠に近いアパシー様状態を呈すことがある。前頭側頭型認知症でも、前頭葉の機能低下に伴って無関心と活動性低下が起きる。しかし、これらの認知症を全部合わせても全体のほぼ3割強である。残りのほとんどを占めるADでは、よほど重度にならなければ、傾眠も前頭葉障害も起きない。軽度であれば、近時記憶障害をもたらす海馬領域の変性が中心だからである。
それがなぜ、アパシーが典型的ということになるのか。表面上の姿しか見ていないからではないか。ADの人を無気力、無関心にしているとすれば、周囲の人のかかわりや環境のせいが大である。物忘れや日付間違いを叱られ、できないことで注意されることが増えたADの人は、することがなくなり、自信と居場所を失っていく。放っておかれれば、だらだらと毎日を過ごしてしまう。それはたしかにアパシーに見えるかもしれない。実際は何かをする能力も気力も関心も残っているのに、行う場と役割が奪われてしまっているからである。アパシーと見えるのは、周囲の環境から生まれた反応性の心理状態であり、AD本来の症状ではない。
本人が能力を発揮でき、人と交流し、張り合いの持てる場を上手に提供できれば、ADの人は生き生きと楽しい時間を過ごすことができる。デイサービスに通い始めて、見違えるように元気で活発になるADの人はたくさんいる。
ADの人が無気力にしていたら、認知症の症状だと諦める前に、周囲の対応が不適切ではないか、日々楽しみのある生活ができているか、を問う必要がある。
上田 諭(戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)[高齢者医療]