No.5061 (2021年04月24日発行) P.63
紅谷浩之 (医療法人社団オレンジ理事長)
登録日: 2021-04-08
最終更新日: 2021-04-08
診療を通して、日々いろんな患者に出会う。病院という場所では、患者はまず病気の種類によって分類され、まとめられる。治すことを目指して病状をコントロールする病院では、患者の病気が話題の中心になりやすい。一方、在宅医療の現場では、同じ病気だからという理由だけで、一つにまとめられることはない。病気と付き合いながらの生活には人それぞれの個性があり、同じものなどない。まとめようがないから、その多様性が際立つ。同じ病気でも想いは違う。大切なものも、やりたいことも、病気への向き合い方もみんな違う。だからこそ、その人らしさを知るための対話を繰り返す。僕にとっての在宅医療の醍醐味だ。
40代で筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症したオトノさん。病気が進行して首から下は自由に動かせない。それでもマンションで一人暮らしを続けている。お酒を飲むし、ヘルパーの手を借りてタバコも吸う。部屋は車にまつわるグッズであふれている。ミニカー、カーパーツ、出場したレースのビデオ。好きなものに囲まれて、自分のペースで暮らしている。体調が悪い時、入院を勧めたこともあった。決まって彼は「部屋にあるミニカーを全部持って行って眺められて、お酒も飲めてタバコも吸えて、夜中でも好きなテレビを見られる病院なら行ってもいいよ」と言った。もう入院を勧めるのはやめた。
ある日の夜。診療という名の雑談を終えて帰ろうとすると、彼は「今から好きなテレビを見て夜更かしするよ。センセは何するの?」と聞いてきた。「今日は電話当番だから、お酒も飲めないし、仕事するかな」と答えた僕に、「センセは、不健康な生活してるなぁ」と笑った。首から下が動かなくて、食事もトイレもタバコも誰かの手を借りているけど、自分のやりたいことを選んで、生きている彼と話していると、健康的だなぁと思う。医学部で学んだ『健康』ってなんだっけ、病気じゃないと健康なんだっけなぁ。
紅谷浩之(医療法人社団オレンジ理事長)[健康の定義]