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【識者の眼】「『権威寄り/反権威』ではない新しい軸の必要性」堀 有伸

No.5066 (2021年05月29日発行) P.60

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2021-05-11

最終更新日: 2021-05-11

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の脅威が世界中を圧倒する状況が続いています。その中で日本も苦闘しています。どの国も難しい状況の中にありますが、それでもモヤモヤする気持ちが残ります。その理由の一つは、2011年に起きた原発事故への対応の過程で明らかになってきた問題点が、そのままくり返される状況が生じているからです。

やはり政府の対応については、「オリンピックを開催する実績」を作ることに熱意を傾け過ぎてしまい、ワクチン接種や検査体制の整備、医療ニーズがひっ迫した場合への対応などについての目配りが足りなかったのではないかという疑念を抱かざるをえません。原発事故との関連では、福島第一原発が立地する双葉町周辺の常磐線の駅の再開(今年3月)は、被災地全体の復興とのバランスを考えると、急ぎ過ぎだったのではないかという印象を個人的には抱いています。これもオリンピックを意識して行われたものでしょう。しかし、双葉町は今も全町避難が続いており、地域全体の生活環境は整っていません。

一方で「政府憎し」とばかりに、やること全てを批判するスタンスの問題点も、原発事故後には明らかになっていました。現在、原発事故に対応する過程で生じた処理水の海洋放出の問題が話題となっていますが、これについて政府は自らの立場を国内外にもっとしっかりと説明するべきだと感じています。海洋放出全般への批判は、反権威的な勢力がワクチン全般に批判的な言説を行ってきたことも思い出させます。

反原発運動の関係者の一部が、過剰に原発事故の直接的な被害を誇張して喧伝したことから、それが「風評被害につながる」という反論に正当性を与え、批判的な言説全般の日本社会における信頼を失わせていた所で、COVID-19の流行が発生してしまい、そのことが政府の対応の至らない点に対しても適切な批判が機能しなくなった要因の一つだと考えています。

社会問題となった論点の一つ一つに対して、科学的な根拠を踏まえた議論が積み重ねられ、それぞれについての判断が積み重ねられるべきです。しかし震災後10年、注目される問題が生じるたびに「権威側か反権威側か」の表層的で政治的な論争に終始して両者が互いに批判するばかりで、個別の成果が社会的な知恵として共有されて蓄積されることの乏しい時間が過ぎました。このような点が改められ、社会的な議論の中に新しいしっかりとした軸が作られていくことを願っています。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[科学的根拠を踏まえた議論]

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