株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「保険証の不正使用で警察に連行されたベトナム人技能実習生」南谷かおり

No.5092 (2021年11月27日発行) P.58

南谷かおり (りんくう総合医療センター国際診療科部長)

登録日: 2021-11-11

最終更新日: 2021-11-11

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ある年のクリスマスに、20代のベトナム人男性が極度の貧血で当院に緊急入院となった。主訴は動悸と浮腫で、入院時のHb値が3.7g/dLだったためとりあえず輸血となったが、精査は自国で受けたいと患者が強く希望した。現時点で長旅は無理なので会社に相談するよう勧めたが、患者は日本語が片言しか話せず連絡が取れないとのことだった。

日本語が不自由な患者に代わり、保険証から探し当てた職場に当院から連絡したところ、その名前の人物は本日も出勤していると言われ、保険証の不正使用が発覚した。通常、病院で保険証を提示すればそれ以上の本人確認はなく、日本人の「なりすまし」は見逃して外国人だけ調べるのは差別になりかねない。当院の看護師がベトナム語で直接事情を聞いたところ、患者は1年半前に技能実習生として来日したが過酷な実習先を逃げ出し、その後は日雇い労働などで稼いでいたことが判明した。しかし体調を崩して働けなくなり、高額な医療費は払えないため他人の保険証で受診したようだ。逃亡してビザも切れ、現在は不法滞在となっていた。患者は保険証の不正使用で警察に通報され、結局診断もつかぬまま連行されていった。無保険のため自己負担額は一気に跳ね上がり、貯めた20万円はすべて医療費に消え、不足分は未払いとなっている。

昨今、ベトナム人技能実習生の実態がマスコミでも取り上げられ、問題視されている。来日するために自国で借金を背負い、日本では実習先を逃げ出し、結局は不法滞在となってまともに働けず悪循環に陥っている。逃げ出す理由は劣悪な労働環境とされているが、実際には知人や斡旋業者から高賃金の話を聞かされ、目先の事しか考えずに逃亡するケースもあるようだ。斡旋業者は紹介先から外国人の給料の一部を受け取れるようだが、解雇されたら面倒を見なくなり、結果彼らは路頭に迷うことになる。

本当は30代前半だった患者は、逃亡しなければ毎年ビザも更新され保険にも加入できたのに、このような結末は想像もしていなかったであろう。実習先の会社も外国人に投資したのに逃げられ、両者にとって損失である。技能実習生の問題は複雑で根深く、解決は容易ではない。あの患者の病因は何だったのか、何処で元旦を迎えたのか、警察の守秘義務により私たちは知る由もない。

南谷かおり(りんくう総合医療センター国際診療科部長)[外国人診療]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top