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健康の観点から見た福島の原発事故と新型コロナウイルス感染症の類似点[福島リポート(34)]

No.5107 (2022年03月12日発行) P.50

坪倉正治 (福島県立医科大学医学部放射線健康管理学講座主任教授)

登録日: 2022-03-11

最終更新日: 2022-03-08

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筆者は2011年に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、原発事故)後、福島県の沿岸部である浜通り地域にて、地域の医療支援活動および内部被ばく・外部被ばくといった放射線計測と住民から寄せられる放射線不安に対応してきた。元々は血液内科医である。

現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るっている。この原稿を執筆している2022年1月末時点で、オミクロン株の流行に伴い重症化率は低いものの、1日の感染者数はこれまでで最高値を迎えている。一人の内科医として、CO VID-19に関する様々な対応や診療にも関わっているが、原発事故後の健康問題とCOVID-19のそれを比べると、驚くほど類似点が多く、むしろ個人的にはまったく同じことが起こっているという印象が強い。本稿ではその類似点を共有しながら今後の対策について議論したい。

類似点1:二次的な健康影響が大きい

1)生活習慣や社会環境の変化がもたらす健康問題

まず、大きな類似点の一つ目は二次的な健康影響が大きいということである1)。二次的というのは、災害の中心にあるハザード(原発事故であれば放射線被ばく、新型コロナウイルスであれば、COVID- 19)の周辺にある健康影響、特に生活習慣や社会環境の変化によってもたらされる健康問題のことである。原発事故後、住民の健康問題は放射線被ばくだけでなく、ストレスや慢性疾患、アクセスの悪化など非常に多岐にわたった。それらは①日から週、②月から年、③数年以降、と時期ごとにその様相を変えて、住民に降りかかった(図1)。

 

①の日から週については、読者の皆さまは想像しやすいかも知れない。たとえば災害に伴う外傷とか、避難所での環境の問題、深部静脈血栓症、インフルエンザやノロウイルスといった感染症、病院やクリニックの閉鎖に伴う断薬、診療の途絶、救急搬送時間の延長、そしてよく知られる病院や老人ホームからの避難に伴い多くの方が命を落とされたことなどである。この点は後で詳述する。

②の月から年については、仮設住宅への入所などの生活環境の変化、それに伴う運動不足・肥満・糖尿病・生活習慣病の悪化、仕事や同居家族、住む場所の変化に伴う精神的な影響、医療へのアクセスの悪化、がん検診などの検診受診率の低下などがある。

実際に福島県と福島県立医科大学が行っている県民健康調査の結果からは、精神的な影響に関して、K6スコア13点以上の気分障害や不安障害のハイリスク率は、原発事故後の2011年は回答者の14.6%であったのに対して、2019年度は5.0%であった。

徐々にその数字は低下傾向にあるものの、一般的な全国調査の値(3%)に比べると、依然としてやや高い傾向にあることが指摘されている。また居住地別では、県内より県外居住者でこの数字は悪い傾向にある。

糖尿病の悪化も長期的に続いている問題のひとつである。特に高齢者において、糖尿病・耐糖能異常の有病率は緩やかながらに上昇傾向があり、なかなか低下しない2)。がん検診の受診率も、原発事故前から高くはなかったものの、原発事故後数年間は低下傾向が続き、その後、避難指示区域だった地域の住民では、事故前レベルには改善していない3)

もちろん悪い話だけではなく、小児の肥満は原発事故後に悪化したが、その後、事故前レベルまで回復している。

③の数年以降については、放射線被ばくへの不安は若年層がより大きいことが指摘されているし、就業の関係でも地域の高齢化、過疎化、孤立が進んだ。介護については、市町村ごとの介護保険料全国トップ10のうち、6つが福島県浜通りの自治体であった(前回の改定でこの状況はやや改善した)。長期的には独居男性が原発事故後に介護申請を行う傾向にあり、特に要介護2・3の認定を受けている方の介護サービスの利用率が上昇した4)

細かく述べると枚挙にいとまがないが、重要な点は、中心のハザードである放射線被ばくの評価と管理が重要な一方で、実際に住民の健康問題を見ると直接の放射線被ばく以外のものが多く生じること、そして、そのような健康問題は個人の意思や行動の帰結として起こるのではなく、社会や周辺環境によって支えられている健康が、災害に伴ってその支えがなくなることで悪化することである。

2)生活環境の変化=「ゆさぶり」が弱者を振り落とす

図2は災害後の健康状態の悪化がなぜ起こるのかについてのシェーマである。被災者の健康状態は災害発生により影響を受け、一時的に健康状態は悪化する。しかしその後、復旧・復興に伴い被災者は大なり小なりその状況に順応し、徐々に状態は改善傾向へと向かうことが多い。しかしながら、災害後、被災者は何度も繰り返し生活環境の変化=「ゆさぶり」を経験する。

たとえば、避難所から仮設住宅へ移動すると、生活環境は改善するものの大きな変化が生じる。仮設住宅から災害公営住宅への移動は、仮設住宅の狭さや不便さのみが強調されることもあるが、仮設住宅でできあがったコミュニティーを再度壊してしまうことがある(ご近所さんが変わってしまうし、住む場所が変わってしまう)。災害公営住宅はしっかりした住宅なので、外側からの支援もハードルが高くなる。避難指示の解除は、復興の過程の上で必要なステップだが、避難指示解除後、戻れる人と戻れない人は区分けされてしまい、避難先でのコミュニティーが変化してしまう。実際に避難指示が解除された後、戻ろうとしていたがそれが叶わず、精神の健康を害してしまった例の報告もある。

この他にも、内部被ばくのここ数年の最高値だった男性は、仮設住宅が閉められる際、新しい住宅に移動することができず、居宅を失い、その結果、山の中で路上生活をせざるをえず、山にある汚染の強い食べ物を摂取し続けていた5)。今後も医療費の無料化の解除や、様々な税制上の優遇措置の終了、病院の新設・統合・閉鎖などに伴う診療圏の変化など、その度に住民の生活はゆさぶられてしまう6)


このようなゆさぶりが短期間に何度も繰り返し起こってしまうことが災害後の健康問題の複雑さを増し、対応を難しくする。この状況はCOVID-19の蔓延する現在、レストランの経営者と顧客に例えることができる。感染者数が増えて、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が発出されると、客の数は減る。感染者数が減ると、徐々に客は戻ってくるが、その戻りきる前に、次の感染者数の増加があると(次の波が来ると)、再度客は減ってしまう。客が減ると収入が減るために、徐々に体力(レストランの場合には財力)が失われ、どこかの段階で病気の発症や、体調の悪化(レストランの場合には倒産)に追い込まれる。そしてこのような生活のゆさぶりは、社会的な体力の弱い方、高齢者や独居、いわゆる災害弱者から振り落としてしまう、という構造となる。

二次的な健康影響については、コロナ禍でも検診受診率の悪化や、コロナうつといったような言葉で表現されているが、それと同じ構造である。今後、第7波、第8波と続くと、徐々に体力が失われることに注意が必要である。原発事故後は放射能汚染の長期化に伴い、このゆさぶりが地震や洪水などの自然災害に比較して、何度も長期的に起こることが対応の困難な点のひとつだろう。

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