No.5119 (2022年06月04日発行) P.62
浅香正博 (北海道医療大学学長)
登録日: 2022-05-16
最終更新日: 2022-05-16
わが国の平均寿命は終戦後著しい伸びを示し、男女とも世界のトップクラスを長年にわたって維持している。そのため、近年80歳代以降の割合が総人口の10%近くを占めるようになってきている。
2013年のピロリ菌除菌の保険適用により、胃がん死亡者の総数は減少したが、80歳代以降の胃がん死亡者数は増加し続けていることが明らかになった。胃がんだけでなく、肺がん、大腸がん、膵がんなどでも、死亡者の最多世代は80歳代以上であり、いずれもがん死亡者の50%以上を占めていることが明らかになってきた。したがって、がんの死亡者を大幅に減少させるためには、胃がんのみならず肺がん、大腸がん、膵がんにおいても超高齢者対策の重要性が示唆される時代になってきたのである。
しかしながら、80歳以上の超高齢者対策は、様々な併存疾患を伴っていることが多いこと、多種類の薬剤を使用していること、生理学的な機能が低下していること、認知機能に制限があること、何より個人差がきわめて大きいことより困難を極めることが予想される。このように超高齢者のがんの予防はきわめて困難なことと考えられる。
経済効果を重んじる欧米各国では、超高齢者への医療資源の投下にはわが国より遙かに慎重であり、ことに予防に関しては費用対効果の観点から積極的に行わない傾向がある。医療保険制度の発達しているわが国では、費用対効果から超高齢者医療を評価する試みはほとんど行われていない。しかし、超高齢者医療に対して科学的なメスを入れることはどうしても必要なことである。
もし胃がんの予防を80歳未満に限ると、2013年からのピロリ菌除菌による胃がん死亡率減少効果は30%に近くなり、国のがん対策推進基本計画によるがん死亡率の目標の20%減少を達成したことになる。しかしながら、80歳代以降を除外して胃がんの予防を推進した場合には、80歳代以降の胃がん死亡者は2万2000人も存在しているので、胃がん死亡者を減少させようとしても、2万人の壁に阻まれてしまうことになる。つまり、胃がん撲滅は夢物語となってしまうのである。
浅香正博(北海道医療大学学長)[胃がん][超高齢者対策]