先日、スウェーデンの首都ストックホルムにあるカロリンスカ研究所に行ってきました。ノーベル生理学・医学賞の選考委員会が置かれていることで有名なカロリンスカ研究所は、世界最大の医科大学でもあります。学生数は約6500人。そのうち約6割が女性です。スウェーデンでは、医学生全体でも女性の割合が男性を上回っており1)、単純に考えればいずれ、女性医の数が男性医を上回ることになります。
このような医師の「女性化」が、現在、欧州の多くの国で生じています。中でも英国では、2004年に『医療の時限爆弾:女性医が多すぎる』と題する新聞記事で、女性医の増加を懸念する王立内科医協会(RCP)会長の声明が報じられ、議論となりました。歴代2番目の女性会長となったブラックが、「女性医の増加により医療・医学は社会的影響力を失うだけでなく、女性医はいずれ仕事と家庭の両立に悩むようになるため、診療科の中でも両立可能な科が選ばれがちとなり、激務の科は人材不足になる上に、管理職を希望する女性が少ないために医師はリーダー不在状態となる」と主張したのです。この主張に対し、BMJとLancetという英国の2大医学誌上で立場を二分する議論が生じました。議論を受け、RCPはあらためて女性医の増加に関する調査を行い、医学領域における女性の持続的参加を阻む主要因が伝統的な長時間労働であることを指摘し、これを変革する必要があると結論づけました。女性医の割合がOECD加盟国で最下位の日本でも、女性医の数を向上させるためには医師の労働環境の改善が不可欠であることが指摘されています2)。
さてカロリンスカ研究所では、幸運にも初の女性所長を務めたウォールバーグ先生にお会いできました。先生は任期中に所内の機会均等に尽力されました。お昼をご一緒したレストランでは、たまたま間もなく退任する現所長の慰労会が催されており、「次の所長は歴代2番目の女性なのよ」と教えて頂きました。つまり、効率的社会制度によってあらゆるセクターの機会均等を達成したスウェーデンでも、女性の参加は段階的に行われているということです。さてしかし、なぜ安定した今の環境を変えてまで、女性の数を増やす必要があるのでしょうか? 次回のコラムでは、その理由を考えてみたいと思います。
【文献】
1)ResearchGateサイト:Figure-available from:Human Resources for Health.
https://www.researchgate.net/figure/Gender-breakdown-of-medical-students-doctors-and-specialists-in-Germany-Sweden_fig3_312268752
2)渡部麻衣子:英国における「医療・医学の女性化」をめぐる議論と対策, 科学技術社会論研究 19. 科学技術社会論学会, 編, 2021,p96-104.
渡部麻衣子(自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)[医師の労働環境][カロリンスカ研究所][英国王立内科医協会]