アルドラーゼアイソザイムはLDHアイソザイムやAl-Pアイソザイムよりも臓器特異性が強いので、血清動態による疾患の分析が可能であるといわれていた。
しかし、電気泳動法や酵素学的方法では分析困難であったため、研究は進展しなかった。私の開発したRIA法により初めて科学的にアルドラーゼAの解析が可能になった。血清アルドラーゼAはがん疾患や筋肉疾患では上昇するが、肝疾患では上昇しないことから、がんの診断に使用できないかどうかを検討したところ、CEAの2倍近いがん診断能を有することが明らかになった。
このデータを英国での国際会議で発表したところ、興味を持ってくれたのが、AFPの研究で世界的に有名であった米国テキサス州ヒューストンのBaylor大学医学部消化器内科のAlpert教授であり、1981年から1年半文部省の在外研究員として彼の元へ留学することができた。この間にA型のみならず、アルドラーゼBとCの精製に成功し、それぞれのRIA系の確立にも成功していくつかの英文論文を仕上げることができた。
アルドラーゼアイソザイムの組み合わせにより、がんの診断能はさらに向上し、ノーベル賞クラスの研究になるのではと期待して帰国した。ところが数年の内にこの夢はあっという間に潰え去った。内視鏡、CT、MRIなどの画像診断の急速な進展により、早期のがんの診断が可能となったのである。
他の腫瘍マーカーと同様に、アルドラーゼアイソザイムも進行がんの診断には強かったが、早期がんの診断能はそれほど高くはなかった。当時世界中で盛んであった腫瘍マーカーによるがんの血清診断の研究はこうして科学の進歩という大きな壁に跳ね返されたのである。現在では、がんの早期診断に応用できる腫瘍マーカーは前立腺がんのマーカーであるPSAのみになっている。
アルドラーゼアイソザイムによるがん診断の仕事は、私が属していた北海道大学医学部内科学第三教室の長年にわたる大きな研究テーマであり、これまでに十数人の医師がこの研究で学位を取得していた。この仕事を発展させることができたのは、私にとって光栄なことではあったが、同時に限界も明らかになり、この仕事の幕引きも行うことになるとは考えてもいなかった。
酵素の精製から始まり、抗体を作成して微定量法であるRIA法を開発するという一連の仕事を1人でやり遂げられたことは、壮大な目標からは外れてしまったが、大きな自信をもたらしてくれた。自分の青春時代に、夢に向かって一心不乱に駆け進んだアルドラーゼアイソザイムの研究は、私の研究歴にとってかけがえのないものであり、今でも時折夢に出てくる。
浅香正博(北海道医療大学学長)[RIA法][腫瘍マーカー]