編者: | 勝俣範之(日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授) |
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判型: | B5判 |
頁数: | 238頁 |
装丁: | 2色刷 |
発行日: | 2020年04月27日 |
ISBN: | 978-4-7849-6382-9 |
版数: | 第1版 |
付録: | 無料の電子版が付属(巻末のシリアルコードを登録すると、本書の全ページを閲覧できます) |
「抗がん剤をいつやめるか?」
「やめないとどうなるか?」
「何をどう伝え,話せばよいのか?」
「余命を聞かれたらどうするか?」
「緩和ケアはどうするか?」
「民間療法を受けたいと言われたら?」
臨床現場で最も難しい命題に各領域のエキスパートが正面から取り組んだ画期的な書。
「抗がん剤をいつやめるか?」については、各領域のエキスパートがエビデンスレビューを行い、最新の分子標的薬がある現在、エビデンスベースドで考えて、どのタイミングで抗がん剤をやめるべきかを考察。
「抗がん剤をどうやめるか?」については、がん治療医(オンコロジスト)、緩和ケア医、精神腫瘍医、在宅医、看護師、心理士のエキスパートが限りなくナラティブに執筆。患者さんが希望するコミュニケーションについて患者会の代表も筆を執っています。
第1章 抗がん剤をいつやめるか?
Ⅰ エビデンスレビュー
Ⅱ 実践編
第2章 抗がん剤をどうやめるか
Ⅰ 総論
Ⅱ 実践編
1)私はこうしてやめている
2)「やめどき」をめぐるサポート
第1章 抗がん剤をいつやめるか?
I エビデンスレビュー
1 全身状態が悪い/臨床試験の適格基準を満たさないとき(近藤千紘)
2 さらなる薬物療法のエビデンスが乏しいとき(井上 彰)
3 特定の標的分子異常を持つ患者へのエビデンスのない分子標的治療(吉田健史)
4 薬物療法をやめないとどうなるか─終末期がん薬物療法の実態(平本秀二)
II 実践編
1 肺がん(市川靖子)
2 大腸がん(砂川 優)
3 乳がん(野﨑善成)
4 胃がん(門脇重憲)
5 婦人科がん(子宮頸がん,子宮体がん,卵巣がん,絨毛がん)(里見裕之)
6 頭頸部がん(森 照茂)
7 血液腫瘍(東 光久)
第2章 抗がん剤をどうやめるか?
I 総論
1 インフォームド・コンセントとshared decision making(佐藤恵子)
2 コミュニケーションスキルの重要性(藤森麻衣子)
3 早期からの緩和ケア,ACPの重要性とその実践(西 智弘)
4 EOLdの重要性とその実践(森 雅紀)
5 患者が希望するコミュニケーション(植村めぐみ)
II 実践編
1)私はこうしてやめている
1 治療医(オンコロジスト)1(藤澤文絵)
2 治療医(オンコロジスト)2(上田弘樹)
3 緩和ケア医(高橋通規)
4 精神腫瘍医(秋月伸哉)
5 在宅医(髙橋保正)
2)「やめどき」をめぐるサポート
1 看護師(藤原佳美)
2 心理士(栗原幸江)
3 余命をきかれたとき(大谷弘行)
4 民間療法を受けたいと言われたとき(押川勝太郎)
5 セカンドオピニオン(大場 大)
6 二人主治医制(廣橋 猛)
抗がん剤をいつやめるか? どうやめるか?
がん診療に必要なEBMとNBMの統合
一口に「抗がん剤」といっても,殺細胞薬,ホルモン療法,分子標的薬を合わせると,現在,150種類以上もの薬剤が承認されている。特に分子標的薬の時代となり,従来の殺細胞薬に比べると内服薬が増え,副作用も比較的少なくてすむようになった。患者さんにとっては,選択肢が増えるのは良いことであり,また,よりがんと長く共存できる時代になった。さらに支持療法の進歩により,患者さんの生活の質(quality of life:QOL)を最期まで保つことが可能になってきた。
しかし,進行がんでは,いつかは必ず抗がん剤に限界が来る。抗がん剤をやめるタイミングを逸してしまうと,患者さんを不要に苦しませてしまうことにもなる。そこで,本書で取り上げた「抗がん剤をいつやめるか?」という点が重要になる。
これを患者さんに提案することは,がん治療医(オンコロジスト)にとって,最も難しい仕事のひとつであると言われてきた。10〜20年ほど前までは,転移再発後,セカンドラインくらいまでしか選択肢がなかったが,現代では,サード,フォースライン,また,ゲノム医療による分子標的薬も選択肢のひとつとなっており,患者さんも,医療者も,「抗がん剤をやめる」タイミングがわからなくなってしまっているとも言える現状にある。この臨床現場で最も難しい命題である「抗がん剤をいつやめるか?どうやめるか?」について,本書では正面から取り組んでみた。
第1章では,「抗がん剤をいつやめるか?」について,各領域のエキスパートにエビデンスレビューをして頂いた。最新の分子標的薬がある現在,エビデンスベースドで考えて,どのタイミングで抗がん剤をやめるべきか,考察している。
第2章では,実際に「抗がん剤をどうやめるか?」について,がん治療医(オンコロジスト),緩和ケア医,精神腫瘍医,在宅医,看護師,心理士のエキスパートの皆さんに,限りなくナラティブに執筆して頂いた。また,患者さんが希望するコミュニケーションについて,患者会の代表の方にも執筆して頂いた。
「ナラティブ」とは,物語と対話に基づく医療(narrative-based medicine:NBM)である。根拠に基づく医療(evidence-based medicine:EBM)が,大規模臨床試験に代表されるようなエビデンスを重要視した医療であるのに対し,NBMは目の前の患者さんとの対話を重要視した医療である。「抗がん剤をどうやめるか?」という命題に対して,EBMのみでは到底,太刀打ちできない。「抗がん剤をどうやめるか?」「やめたらどうするのか?」「緩和ケアはどうするのか?」「本当に治療法はないのか?」「民間療法はどうなのか?」「アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)は?」─このあたりはエビデンスではなく,患者さんの価値観や,今後の人生をどう過ごしたいのか?という問題にも関わってくるため,EBMとNBMの統合が必要なのである。
この問題は,医師ひとりだけでやっていくのではなく,チームで患者さんを支えることができればと思う。「抗がん剤をやめる」ことを患者さんが決めるのは,とても勇気がいることであるし,患者さんひとりで決められるものでもない。しかし残念ながら,「抗がん剤をやるかやらないか,次までに決めてきて」「もう治療法はないから,ホスピスに行ったほうがよい」などと,患者さんに言ってしまう医師が多いと聞く。
今後のがん医療は,「いかにうまく共存するか」をめざしていくことが大切になる。そのためには,一方的な押し付けや見放すような医療をするのではなく,患者さんと一緒に考え,支えていくという,信頼関係に基づいた共同作業が必要である。最期まで患者さんを見捨てることなく,最期まで患者さんの人生を支える医療を実践する医療者でありたいと思う。また,本書が少しでも,そのような医療を実践しようと願う医療者の参考になればと願う。
最後にヒポクラテスの言葉を紹介したい。この言葉のように,我々は単に治療をする者ではなく,いつも患者さんを支え,慰めることのできる存在でありたい。
cure sometimes
treat often
comfort always
2020年3月
日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科
勝俣範之