誰かがミスをすることで、人の命が失われる重大な事故が起こることがある。被害に遭われた遺族が怒り、嘆くのは当然だ。そして、その怒りはミスをした人に向けられる。
遺族の処罰感情を決して無視することはできない。しかし、その一方で、事故再発を防止するためには、包み隠さず事故に関する情報を集めないといけない。
2015年に施行された医療事故調査制度は、医療従事者の処罰や遺族の責任追及のためではなく、再発防止が目的とされている。
ところが、この医療事故調査制度が、ミスを起こした医療者を処罰するために用いられるようになっている。
愛知県愛西市の集団接種会場で発生した新型コロナウイルスワクチンの接種2時間後に40歳女性が死亡した事例に対し、医療事故調査制度に基づいた調査が行われた。そこまでは妥当であるが、調査報告書は同市のホームページで公表された。その上で、事故調査の委員長が記者会見を行い、「アドレナリンが迅速に投与されなかったことは標準的な診療とはい言ない」と発言した。
報道によれば、その後遺族は医師や看護師個人を刑事告訴する意向を固めたという1)。
結局、医療事故調査制度が個人の責任追及の根拠になってしまったのだ。遺族の感情は軽視できるものではないが、医療安全を目的とする報告書でも、公表され報道されれば、当然こうなることは予測できたはずだ。
このほかにも、医療事故調査制度が安全より処罰のために利用され、公表される例が相次いでいる。
今一度、関係者は、何のための医療事故調査制度なのか、趣旨に立ち返って、医療安全とかかわった人たちの責任の所在追及をどうすべきか、整理する必要があるだろう。
【文献】
1)FRIDAY DIGITAL公式サイト:コロナワクチン接種後100分で妻が急死 夫に刑事告訴を決断させた愛西市の「不誠実すぎる対応」.(2023年10月7日)
https://friday.kodansha.co.jp/article/335394
榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[医療事故調査制度][調査報告書の公表]