大リーグ・ドジャースの大谷翔平氏の通訳だった水原一平氏の違法賭博事件は、世間に衝撃を与えている。
いまだ捜査中なので、全容が明らかになっているわけではないが、大谷氏が通訳以外に生活全般を水原氏に任せていたことがあだとなった点では多くの見方が一致している。
この件はワイドショーを賑わせる話題で、医療には関係ない。なぜそんな話を……。そう思われた方もいるだろう。いや、そんなこともないな、と思った。というのもこの事件は、大谷氏が目と耳と口、すなわち言葉を水原氏に頼っていたことで起こった。外界からの情報の入手を水原氏に頼っていた。これは、人工知能(AI)が普及した医療と似ているのではないか。
私たちが行っている病理診断で考えてみよう。病理診断は、いずれAIが普及し、AIが画像を解析し、診断から癌の範囲まで自動で行う可能性が見えている。アメリカのFDAは、病理診断用のAIを認可しつつある。
それゆえSNS上では、人間の病理医は「オワコン」(終わったコンテンツ)などと嘯く声が飛び交う。いずれ病理医など必要なくなる、病理医は失業するというのだ。
しかし、AIが導き出す回答は「ブラックボックス」であり、人間が理解できないことがある。そこに不正確なものが混じったら……。ハッキングされたら……。電源が切れたら……。AIが水原氏になる可能性があるということだ。そうなったら、巨額のお金を送金された大谷氏のように、いつの間にか大きな不利益を被る可能性がある。
これは絵空事ではない。戦争や災害などの非常時には、電力が使えなくなる可能性がある。現にロシアはウクライナの発電所を集中的に攻撃している。
飛行機はおおむね自動操縦で飛べるという。しかし、人間のパイロットがいなくなってはいない。突発事態、緊急事態が発生したときに対応するためだ。それと同じで、AIが水原氏にならないように、少なくともある程度知識を持った医師が必要になる。人間の病理医は決して「オワコン」ではないのだ、と考えさせられる今回の一件である。
榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[大谷・水原問題]