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【識者の眼】「費用対効果評価でドラッグロスを加速させてはならない」坂巻弘之

No.5227 (2024年06月29日発行) P.56

坂巻弘之 (一般社団法人医薬政策企画P-Cubed代表理事、神奈川県立保健福祉大学シニアフェロー)

登録日: 2024-06-17

最終更新日: 2024-06-17

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財務省の財政制度等審議会は、「わが国の財政運営の進むべき方向」とする春の建議を取りまとめ報告した(2024年5月21日)。建議には、近年、ほぼ毎年、費用対効果評価の利用について何らかの記載があったが、今年度は、費用対効果評価の「本格実施」についてかなり幅広く記述されている。

今年度、費用対効果評価の利用について、英独仏での利用を参考にしながら、①日本での評価対象範囲の拡大、②価格調整範囲の拡大、③償還可否判断の利用、④イノベーション評価の差別化の利用─を主張している。ただし、英独仏での利用には、正確性に疑問が持たれる記述もある。たとえば、フランスでは費用対効果評価は価格交渉における当局側の交渉資料であって、直接、価格設定・償還可否判断には用いていない。また、ドイツでは費用対効果評価の仕組みは存在するものの、実際には利用していない。さらに「費用対効果」と「追加的有用性」を混用するなど、(おそらくはあえて)あいまいにした表現もある。

費用対効果評価の利用範囲を広げることの目的は、医療費・薬剤費の削減であろうが、ここでも「費用対効果」と「費用削減」との混乱がある。「費用対効果がよい」ということは、増分費用と増分効果〔一般に、質調整生存年(quality-adjusted life year:QALY)で表す〕との比(incremental cost effectiveness ratio:ICER)が基準値を下回ることを意味し、費用が削減されることではない(多くは、費用は増える)。実際に、すべての新薬で費用対効果評価を実施している英国でも薬剤費は年々増加している。

費用対効果評価を保険償還の可否に用いるべきとの主張は、自民党の「財政健全化本部」提言(6月6日)など様々な方面で見られるが、実際の分析を行ったことのない、あるいは分析について知識のないものたちの議論である。費用対効果を問題とする製品の多くは、現在の治療技術では十分な治療効果が得られなかった技術である。これらは、新しいモダリティ(治療技術)のために開発や製造コストが高かったり、技術面では革新的であっても、難治性・進行性がん治療などでは効果が漸増的(incremental)なため、費用対効果が受け入れにくい結果になってしまうことが多い。一方で、生活習慣病治療薬の多くやED治療薬などは、費用対効果が良好である。費用対効果による判断で、がんなどの治療薬が保険で使うことができず、ED治療薬が推奨されるような矛盾を「QALYによる倒錯した(perverse)推奨」と呼ぶ。英国でも、費用対効果が受け入れられない場合でも、抗がん剤を中心に、医療上の必要性が高い医薬品は償還される仕組みが存在している。保険制度のあるべき機能を考えて保険償還の範囲を議論すべきである。

建議では、英独仏でイノベーションレベルを差別化した価格設定に用いているとして、イノベーションの促進手段としての費用対効果評価が提言されているが、そもそも英独仏の記述が事実に基づいていない。費用対効果評価は、既存治療に対する「追加的有用性」をQALYに置き換えたもので、多面的なイノベーションを評価できない。現在でも、費用対効果による薬価再算定の仕組みが薬価制度の透明性を削いでいるとの問題があり、さらに費用対効果評価を用いてイノベーション評価の範囲を狭めたり、保険償還を制限したりすることになれば、イノベーティブな新薬上市を遅らせ、ドラッグロスを加速させることになりかねない。

薬剤費のコントロール、償還範囲の見直しに加え、イノベーション評価のいずれも、わが国の医薬品政策における重要なテーマであるが、費用対効果評価とは別の視点で議論すべきである。

坂巻弘之(一般社団法人医薬政策企画P-Cubed代表理事、神奈川県立保健福祉大学シニアフェロー)[費用対効果評価]

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