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【識者の眼】「審判(規制当局)が楽になって競技(責任を伴う新薬承認)が亡ぶという本末転倒」小野俊介

No.5234 (2024年08月17日発行) P.64

小野俊介 (東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)

登録日: 2024-08-06

最終更新日: 2024-08-06

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パリオリンピック真只中。金メダルが期待された柔道の選手が審判のせいで負けたと話題になっている。柔道では審判がレフェリーかつジャッジ(採点者)だから、審判が無能だったり性格が歪んでいたりしたら困ったことになる。

ところで、柔道の審判は、選手よりも柔の道を究めているのだろうか。フィギュアスケートの審判は、選手よりも氷上の美を熟知しているのか。野球の審判は大谷のような超一流プレイヤーが務めるべきか。そうは思えない。

先日、製薬企業の若手からこんな質問を受けた。

「PMDA(日本の当局)の職員って、どうして就職して1年目からあんなにテキパキと薬の承認審査の仕事ができるのですか? 経験ゼロなのに。不思議で仕方ないのですが」

よく耳にする誤解なのできちんと回答しておこう。PMDAの職員は審判である。草野球の審判と同じで、誰でもできる。現に素人同然・未経験の私でも人事異動の1週間後には仕事をしてるふりはできたのだから間違いない。当局職員は、薬の研究開発のスゴ技やノウハウも、薬効評価の奥義も究めている必要はない。

では、当局職員が身につけているべき審判の能力とは何だろう。それは法令・規則の遵守や前例踏襲を「確認する能力」、要はリストをチェックする力である。水道の使用量の検針に要する力などと同種の能力なのでビビることはない。が、もしかしたら世間の人々はそれを「ややこしい法令等の制約下で、最善の新薬開発・薬効評価を遂行する能力」と誤解しているのかも。そんなすごい能力を当局の職員が持ち合わせているわけがないし、その必要もない。

お薬の生殺与奪について当局職員は強い権限を持っており、彼らの判断がパブリックヘルスに与える影響は甚大である。最近、欧州の当局がアルツハイマー病(AD)の薬(レカネマブ)の承認を拒否した。一方、米国や日本の当局はこの薬を既に承認している。さすがにこうした難しい判断はチェックリストによるものではなく、様々な社会的価値の熟慮の結果である……と信じたい。が、近年、薬のリスクベネフィットとやらをチェックリスト方式でお手軽に評価する浅薄な試みが何度も繰り返されている。審判(当局)を楽にするために競技の本質(責任ある社会的判断)を犠牲にするなんて、完全に本末転倒なのだけど。

試合中、独裁者のごとく振る舞う審判の機嫌をチラチラうかがう選手たち。もはやレスリングか珍妙なダンスにしか見えない、かつて「柔道」と称されていた競技の惨状を見ながら、そんなことを考える酷暑の2024年夏。

小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[PMDA][社会的判断

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