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【識者の眼】「医師の働き方改革の中の藪医者談義」黒澤 一

黒澤 一 (東北大学環境・安全推進センター教授)

登録日: 2024-08-21

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蕎麦なら「藪」はブランドだが、医師ならひどい呼び方だ。ある懇親の場で、親しい友達に長引いている咳の相談をされて、「ただの風邪だよ」と軽々しく断じたことがある。薬を貰おうとクリニックに行ったところ、丁寧な検査と喘息の治療でピタリと治ったらしい。せめて、「喘息かもしれないけど」とか言い足しておくべきだったが、後の祭り。自らを「藪医者だなあ」と先回りして言ったものの、笑って慰められた。頭でっかちの教授様、臨床は多少の藪でもしょうがなかろう、という感じだろうか。不名誉この上ない。

自分のことはともかく、医師の技量がよいと患者は幸せだ。クリニックを開業した友人の腕がよいので知り合いを何人も受診させた。愛想の「あ」の字もないキャラだが、よい先生を紹介してもらったと自分まで褒められる。別の先輩は、普段相当怖い。しかし、手術の腕が確かなので神様みたいな評判だ。親切とか親しみやすいとかの点も大切だが、技量のよさが肝心で、信頼される医師の第一の条件ではないかと思う。

技量を集中的に磨かねばならない時期にある若手の医師たちは研鑽や臨床経験の積み重ねの時間を欲しがる。かくいう筆者も、30年以上前の研修医時代、夜通し重症患者の治療にあたってその翌日も遅くまで働くのは日常のことだった。当番でもないのに病院に泊まり続けて救急車で運ばれて来る患者の対応を学んだ時期もある。病院には広い風呂も仮眠をとる場所もあったし、カップ麺など最低限の食料もあった。若くて今より体力もあったからできたのだろうと振り返る一方、病気をしなかったのは運がよかっただけかもしれないなとも思う。いかにも前時代的だが、ある意味充実はしていた。そんな「当たり前」の働き方に対して、技量を磨くための通り道としての正当化や擁護、あるいは、過労死予防の面からの批判や反省、異なる視点からの議論がこれまで何度も繰り返されてきた。

今回の医師の働き方改革で、睡眠不足など健康を害することを省みない働き方は、健康確保と医療安全の視点で、禁じられる。医療機関は医師の労働時間を把握することに加えて、連続勤務時間制限、勤務間インターバル確保および代償休息などの仕組みを整えなくてはならない。日中普通に働いたあと当直したら、翌朝は半ドンで終わり。時時刻刻変わる急性期を自分で診てあげたいと思っても、ほかの医師に委ねて退勤せざるをえなくなったりする。シフト制とはそういうもので特別なことではないが、伸び盛りの若手医師にとっては後ろ髪を引かれるときもあるだろう。必然的に起こりうる制約が医師の技量向上の機会を奪ってしまうかもしれない。より短時間で従前同様の技量のレベルまで育てられるか。行政とともに医療界や社会全体の協力が必要だ。後世、改正医療法が正真正銘の藪医者を大量発生させた、などと歴史に書かれないように。

黒澤 一(東北大学環境・安全推進センター教授)[働き方改革][医療法改正技量向上

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