9月後半の3連休、8年ぶりに小学校の同級会が開かれた。
我々は終戦翌年の1946〜7年生まれで、小学校卒業は1958年である。
小学校を卒業する数年前の1955年から73年まで19年間続いた日本の高度経済成長時代に、12〜27歳までの多感な青春〜青年時代を送った。
地元に残った者もいるが半数以上は首都圏をはじめ各地に散らばった。
その時代の終身雇用、年功序列社会で職業人生を送り、ほぼ全員が既に職場から退職している。1875年から137年間続いた小学校は過疎、少子化が進み、2013年に学校の統廃合により廃校となった。中山間地の小規模校だったので、1学級28人だけの同級生だが、子どもの頃からの兄弟のような付き合いは、時間を軽々と超えてそのまま現在に蘇ってきた。それぞれ若い頃の生臭さはすっかり消え、互いの人生を認め称え合うような夜だった。集まった仲間のほぼ全員が、我々の生きてきた時代が1番よかったのではないか……と、何となく感じているらしいことが心に残った。
医療業界は今、高齢者数がピークに達する2043年に向けて、「新たな地域医療構想を通じてめざすべき医療について」の論議が進んでいる。我々世代は今後の医療介護政策をモロに受ける世代だ。団塊世代の7%前後が100歳まで生き残るのではないかと何かの報道であったが、2043年には仲間たちも97歳となっており、確率に従えば同級生の2人弱はまだ生き残っているかもしれない。ただ、誰1人としてその年まで生きていたいという者はいなかった。
同級生は男女とも全員が結婚して子どもをもうけ、シャレにならない転落人生を歩んだものは1人もいない。ただ、子どもが結婚していないといった話はあり、我々と我々の子どもの時代に、何かが変わってしまったことだけはみんなが感じていた。資本主義経済、科学技術は革命的な進歩を遂げたが、少なくとも人々を幸せにしたか、しているかについては懐疑的にならざるをえない。社会や子どもたちのために、我々がまだ何かできることがあるのだろうかと、改めて思った夜であった。
栗谷義樹(地域医療連携推進法人日本海ヘルスケアネット代表理事)[団塊世代][医療介護政策]