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【識者の眼】「コロラトゥーラで明日を思う」黒澤 一

黒澤 一 (東北大学環境・安全推進センター教授)

登録日: 2024-11-21

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ウィーン在住のソプラノ歌手、田中彩子さんの日本デビュー10周年記念リサイタルが筆者の地元で開催されると知り、駆けつけた。声をころばすように歌うコロラトゥーラと呼ばれる歌い方で聴く人を魅了し続ける。手が小さくてピアノに挫折した高2のときに歌をめざし、声を出してみたらピアノの鍵盤の1番高い音まで出たという。先生に「世界的にもめずらしい」と驚かれた。以来、この道一筋、18歳で単身ウィーンに渡り、その4年後にはオペラ劇場でソリストとしてデビューした。

彼女を知ったのは、オペラ「魔笛」夜の女王役で歌うアリアだった。信じられないようなハイトーンのコロラトゥーラは彼女の歌の魅力そのものだ。久しく歌っていなかったらしいが、当日、このアリアを生で聴くことができた。アンコールを2曲入れた計18曲。柔らかで心地よい歌声の中、時に突き抜けるような高音が転んで跳ねる。才能の上に、どれだけトレーニングを重ねたのだろうか。小鳥の鳴き声を先生にしたのだというし、不思議なキャラも相まって、益々ファンになってしまった。

余韻に浸る帰路、田中彩子さんの来し方を思い浮かべ、ふと、自身の歩みと思いを重ねてしまった。医師として、自分の診断の能力や治療の腕の向上にどれくらいの努力をしてきたのか。若かりし時代、気管支鏡をもっとうまくできるようになりたい、抗生物質を上手に選択して肺炎を手際よく治せるようになりたい、そんな欲求を満たそうとしていた。研鑽を積むしかない。チャンスがあれば何例でも主治医となって経験したい。医師ならば多少なりとも共通した経験はあるのではないか。

上から目線の働き方改革関連法改正に対し、「自分の健康は自分で守る」「余計なお世話だ」「患者がいるのに自分以外に誰がみるのか」等々、承服しかねている意見は当然だと思う。解決困難な問題ばかりだし、「自分を磨きたい」「誰にも邪魔されずに仕事をしたい」という自己研鑽志向まで法律で制限されかねない。日本国憲法によると、労働は国民の義務であり権利である。ところが、権利だからといって、好きなだけ仕事をしてよいわけではない。働き方改革の対象となるのは勤務医であり、雇用される立場にある。法律の制限を超える働き方をした場合、罰を受けるのは病院長などの管理者側であり、自分1人の問題ではないからだ。

健康を守るため、そして過労死を防ぐために医師の働き方改革の法律はつくられ、睡眠時間確保に重点が置かれている。医師が疲れていては、よい診療はできない。田中彩子さんもよい声を出すために心身の健康が重要であり、睡眠を十分にとることを大切にしているそうだ。そして、その上で、人並以上何倍も努力している。惜しみなく努力をつぎ込んで、その腕を上げたいという医師にも、健康の保持と研鑽努力の両立が必要だ。そのことが、結局のところ、明日の医療の質を左右するのだと思う。

黒澤 一(東北大学環境・安全推進センター教授)[健康保持と研鑽努力の両立][働き方改革]

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