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【識者の眼】「面接指導で生活習慣が気になったら」黒澤 一

黒澤 一 (東北大学環境・安全推進センター教授)

登録日: 2025-01-22

最終更新日: 2025-01-22

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医療法改正に伴う医師の面接指導制度の主な目的は、長時間労働の医師に対する過労死防止や健康管理だ。厚生労働省のeラーニングの研修を修了した医師が面接を担当する。面接担当者に会ってみたら同僚だった、ということも普通に起こる。勤務状況や健康状態を評価し、管理者に対する報告書を書くまでが仕事だ。

法律上は「面接指導」となっている。医師が医師を指導するなんて、と不安な人もいるだろう。けれども、「指導」は必須ではないので、過度の不安は不要だ。一方で、指導が禁じられているわけでもない。人それぞれ、したい場合は存分に指導してよいと思う。言葉使いに注意しながら、対象医師の気持ちを尊重しプライドを傷つけないように注意しつつ、医師の倫理と良心に従い、自分のスタイルで指導してかまわない。未治療の高血圧や糖尿病の治療を勧めるのは当然だ。筆者だと、それに加えて、放置されている喘息や咳をみつけたら治療を熱心に勧めるし、睡眠時無呼吸らしき人がいないか目を光らせている。

運動不足、睡眠不足、塩分摂取、過食、多量飲酒、喫煙、過度のスマートフォン使用、等々の悪しき生活習慣が判明した場合にも、口をはさみたくなる。仕事への影響、疾患リスクは見逃せない。言い方には注意が必要だが、生活習慣についても、面接指導の場では率直に指導・助言してよいと思う。意見をその場で伝え、行動変容を求めることはとても意味がある。だが、こちらの熱意とは裏腹、悪しき生活習慣が続いてしまいがちなのは残念な事実だ。

人の意思決定の95%は直感的な思考によるそうだ。大脳の報酬系の神経末端から出るドーパミンが行動を左右するという。依存症などに登場する、あの報酬系だ。誰しも、駅では階段よりもエスカレーターを使ったり、趣味に没頭して夜更かしをしてしまったりする。筆者は、アルコールの健康被害を学生に講義する身でありながら、お酒を飲んだら限度を越える。楽なこと、楽しい誘惑には負ける。一方、わざわざ階段を使ったり、夜更かしせずに就寝したり、休肝日にしたりする、熟慮の上の合理的な判断は、人の意思決定のたった5%なのだという。読者諸兄も身に覚えはないだろうか。

悪いと知りつつ、報酬系に誘われるまま非合理的刹那的行動をする。呼吸器科医が喫煙者だったり、糖尿病の先生が甘いものに目がなかったり、高血圧の権威が塩分の濃いラーメンが大好きだったり、非合理的意思決定はどこにでもみられる。これを介入・叱るとすれば、よほど信頼のある人が上手に言わないと、響かないだろう。面接を担当する人が余計な徒労感や無力感を味わうのでは長続きしないので、開き直ったほうがいいと思う。つまり、面接したら、仕事は意見書で問題点をまとめるまで。指導が必要な部分は、医療機関に備わる産業医などの健康管理の仕組みにまかせてよいのだ。

参考まで、自分で指導を行うためには、「健康日本21(第三次)」がその方向性を教えてくれる。報酬系を逆手に利用し、本人の意思決定を自然によい方向に向かわせることがトレンドらしい。流行りのナッジなどもその路線だ。十分一考に値する考え方だと思う。

黒澤 一(東北大学環境・安全推進センター教授)[産業医][面接指導][医療法]

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