他院で自閉症や発達障碍の疑いが持たれた後に筆者に紹介された事例を,「関係」に着目しながら養育者と子どもをみてみると,虐待を疑わせるような事例は決して少なくないことに気づく。ただ,日頃臨床現場で出会う親子は,両親あるいは母親が子どもの対応について相談に来ているので,決して目の前で子どもを物理的にあるいは精神的に虐待するといった振る舞いをみせるわけではないし,初診時に母親が直接筆者に話すこともほとんどない。
しかし,母子関係を丁寧に観察してみると,子どもは母親に何かを求めているにもかかわらず,なぜか母親がそれに応えようとしない。あるいは,子どもに対して露骨に怒りを向けることはなくても,子どもが恐れを抱くような密かな(おそらくは親自身も気づいていないような)攻撃的言動を目にすることがある。さらには,子どもの気持ちを無視して母親の意向で勝手に指示して何かをさせようとすることも少なくない。実際の臨床で大切なのは,何気ない振る舞いの中に親子関係の問題を探り,そこに問題の核心をとらえる臨床力である。
今日,発達障碍は生来的に脳障碍を持つ精神障碍であるとみなされることが多い。いかなる脳障碍が発達障碍の病態をもたらすのかはいまだに証明されていないにもかかわらず,である。その一方で,虐待は親の育て方の問題であると誰も信じて疑わない。しかし,虐待されて育った子どもたちの中に発達障碍を思わせる病態を呈する事例が少なくないことも最近ではよく指摘されるようになった。これらの事実は何を意味しているのであろうか。数十年前には発達障碍の中でもとりわけ自閉症について,その原因を親の育て方のせいだとする俗説が広まったことがあった。いわゆる母原病説である。それによって親は随分と非難されたが,ある時期その考え方は真っ向から否定され,それに代わって発達障碍は脳障碍によるものだとする仮説へと180度転換されて今に至っている。
発達障碍は子どもの脳に,虐待は親の育て方に,その原因を求めようというわけである。しかし,虐待されて育った子どもたちの中に発達障碍と区別が難しい病態が生まれているとなると,両者の関係はどのように考えればよいのであろうか。
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